美しい湖畔にあるその学院は当時、水墨画のレベルでは中国一と言われていた。私は、幸運にもその大学院の席を得ることができた。老師にお前は専攻始まって以来、初めての外国人大学院生だと聞き、緊張と毎日の課題研究に追われながらも充実した毎日を送った。
学院の周りには沢山の文房四宝の店や画廊があり、道を歩けば「まあ、お茶でも飲みなさい」と店主が中国作法で淹れてくれた龍井茶(ロンジンチャ)を飲みながら、何百種とある筆を試したり、入荷した青田石の印材を見せてもらったりするのが喫茶店代わりだった。
金曜日の夜には時々、老師を囲んで画廊や茶館で美術理論会があり、外国人の私は仲間達と老師のやり取りを、聞くので精いっぱいだった。
筆屋は何件もあり、画院の老師たちはそれぞれお気に入りの店をもっており、店頭に置いてある筆ではなく自分の筆は特注で仕立てたのを使うのが普通だった。ただ、大抵生徒にはなかなか教えてもらえず、私も店頭から自分で選んだ筆を同級生と研究しながら使用していた。
時は経ち、ある日老師に「今日は筆屋に行く」と呼ばれ、同級生と共に初めて老師のお気に入りの店へと連れていっていただき、自分が仕立てた筆やその他準備するとよいお薦めの数本を選んでくれた。生徒として認められたことが本当に嬉しかった。
今は自分も仕立てた筆を使うようになったが、その時の筆は今でも愛用している。何より筆を握るとあの老師の下で直向きだった頃を思い出す。
石坂 美穂(いしざか・みほ)
1975年東京都生まれ、国立中国美術学院大学院卒。現在国際墨画会会員
6月9日~ 21日・国立新美術館「第20回 国際公募 国際墨画会展」