米軍が撤退してアフガニスタンにタリバンが復権した。
タリバン政権下のアフガニスタンがどのようになっているかは情報も定かでなく分からないが、タリバンと言えば文化に関心がある者ならすぐさま彼らが以前バーミヤンの大仏像を偶像崇拝の対象だからと破壊したことを思いだす。イスラームが偶像崇拝を禁じているからと言うのであるが、バーミヤンほど知られていなくとも、中東地域においてISなどのいわゆるイスラーム過激派が多くの文化遺産を破壊したことはその一部であれ伝えられた。
ユネスコの世界有形・無形文化遺産認定などによって、いまや国や地域の文化遺産・文化財の存在は人類共通の貴重な価値を有するものとして世界で認識されているように一見見えるのであるが、その実タリバンが行ったような人類共通の価値を否定する行為も行われている。
現実には「文化遺産・文化財」と言っても、それは誰が決めるのか、政治や権力の在り方次第で保存・尊重されるのかと思えば逆に破壊・損傷される。宗教や民族などを基盤とする文化の違い、政治イデオロギーなどがその原動力となる。
中国は数千年の歴史を持つ大文明の国であるが、王朝・支配者が変わるたびに前代の残したものを破壊することが行われてきたし、近くでは文化大革命などによる文化破壊も荒々しく行われた。現共産党一党独裁体制が文化遺産・文化財に対してどのような態度で臨んでいるのか詳らかにしないが、寛容であるとは思えない。
他のアジアのことだからとは日本でも言っていられない。
近代国家形成にあたり、日本は「廃仏毀釈」を行っている。これは日本文化の伝統にも反する文化破壊の蛮行であって、二度と繰り返してはならないことである。これによってどれほど貴重な仏像が破壊され、また日本人が要らないというので貴重な仏教関係の文化財が海外へ二束三文で売られ流失した。それに近代国家建設を西欧を典範として行おうとするあまり、自国の文化を軽視した。仏教関係の貴重な文化だけでなく、周知のごとく江戸文化を軽んずるあまり、北斎などの作品も海外へ流失している。
日本で認められるためには海外で認められなくてはならない。この傾向をすべて否定するわけではない。文化作品に関する妙な自国中心主義や独善主義に陥るのも危険であり不毛である。しかし、もっと自国での自主的な評価を尊重すべきであると思わざるをえないことも多いのである。
文化遺産・文化財は、その認定に多くの難問が付きまとう。文化作品に関しては時の政権や権威筋によるばかりでなく人によって評価が異なることが多い。宗教や民族の違いなどを持ち出すまでもない。現代の日本はその点、国や自治体などによる法令や制度もかなりきちんと整備されるようになってきている。
現代日本の文化遺産・文化財に関して注目すべき、これまでにない包括的かつ細部を踏まえた重要な著作が最近出版された。小松弥生著『文化遺産の保存と活用――仕組みと実際』(株式会社クバプロ・2021年10月刊)である。
この本は永らく文部科学省・文化庁で文化行政に当たってきた著者が、文化行政と実際の運用を地方自治体の教育長などを務めた経験に基づいて書き下ろした、他に類書のない文化遺産・文化財に関する格好の入門書である。
また、文化行政に関して行政官の立場から考察した専門書でもあるが、著者が赴任した埼玉や掛川や仙台などで実際に携わった文化遺産・文化財の保存や活用に関する現場の観察を踏まえて展開されるので、こうした問題に関心があれば学生諸君をはじめ誰でも入っていける。
文化遺産・文化財に関する本も議論も多々あるとは言え、文化行政の立場から経験ある実例を踏まえて一般の読者にも分かる言葉で書かれた書物は他にない。文化遺産・文化財の問題は専門家だけの問題ではない。一般の誰もが本来関心を持つべき問題である。広く皆さんにおすすめしたい。
この本は国内だけでなく特にアジア諸国に日本の「文化遺産・文化財の保存と活用」がどのような形で行われているかを知ってもらうためにも、英語・中国語・タイ語・アラビア語などに翻訳される必要がある。本書ではタリバンがバーミヤンの大仏像を破壊した後、その修復のために日本人がいかに努力をしたか、それを可能にした信託基金の設立も含めて触れている。タリバンの破壊の後、アフガニスタンの国立博物館には「自国の文化が生き続ける限り、その国は生き永らえる」とのメッセージが掲げられたと本書にあるが、復権したタリバン政権はどう捉えるのであろうか。
「文化遺産・文化財の保存と活用」の面からアジアを見ると、そこには政治や経済、社会の在り方、人々の動静など様々な面が明らかになる。これからのアジアを捉えるための重要な視点であることを記しておきたい。
(政策研究大学院大学政策研究所シニア・フェロー)