幼い頃、厳しかった父から「上を向いて歩きなさい」とよく叱られた。
何で上を向かなきゃいけないんだろう……と思いはしたけれど、聞き返すのも怖かったし素直に上を向いて歩くようになっていた。
昨年の秋頃だったか、お世話になっているアトリエ21でのクロッキー終了後に「綺麗な色じゃないかぁ……」と師匠である広田稔先生の呟く声が聴こえてきた。
師匠の視線の先は、アトリエの床。そこではイーゼルからしたたり落ちた水彩絵の具の滴が何度も水面を弾き、パステルや木炭の粉と共に複雑な表情と色を創り出していた。
誰の意識も向かわない場所で自然と生まれたその色はとても上品で綺麗な色だった。それまでは、床は汚れているものと思い込んでいたし、無意識に下を向く事を避けていた僕にとっては衝撃だった。
「下を向いて歩く」って面白いんだ、って気付けた瞬間でもあった。
毎週お世話になっているアトリエだけど、師匠の呟きが無かったらこの先もずっと身近な〝綺麗〟に気付けず過ごしていたんじゃないだろうか。
思い込みで見えなくなってしまってる美しいものはまだまだいっぱいあるんだと思う。目にするものをただ素直に見つめ素直に受け止める事の大切さを改めて師匠に教わった。
もうその色は消えてしまって見れないけど、前よりも多くの〝綺麗〟を見て過ごせるようになった。
――下を向いて歩くって悪くないじゃん。
厳しい父への初めての反抗……と、ほんの少しだけ強くなれた気がした。
佐藤 陽也(さとう・ようや)
1981年福島県生まれ。2008年明治大学経営学部会計学科卒業。
2013年、第48回昭和会展松村謙三特別賞、第89回白日会展損保ジャパン美術財団賞会友奨励賞受賞。現在白日会会員。
3月23日(水)~4月4日(月)「第98回白日会展」(国立新美術館)
3月30日(水)〜4月5日(火)「7人のみかた 7人のしせん 7人の油彩展」(あべのハルカス近鉄本店タワー館11階美術画廊)
5月25日(水)~6月7日(火)「第59回太陽展」(銀座・日動画廊)に出品予定。