”体験空間を描き出す”
ゆく河の流れは絶えずして――
今年3月のフィンランド滞在中、極北の冬景が雪解けを迎えようやく地肌を見せた時、その一節が頭をよぎった。8月に日本橋三越で開催される個展タイトルには英訳版『方丈記』の副題「Visions of a Torn World」を引用し、現地でのドローイングをもとにした作品も披露する。
多摩美卒業後7年間、社会人生活を送る中で制作を続けた末松由華利は、2017年意を決し画業一本に専念。試行錯誤の末、絵具はアクリルのみ、支持体も新たに臨んだ同年の「シェル美術賞」で審査員賞を受賞した。これで良かったと、背中を押してもらえた。
にじみやぼかしを駆使する抽象表現は一見、偶発性を重んじているようにも見られるが、末松の描き出す色やフォルムには“必然性”が伴う。
「作品を見ると、その人がそのテーマを扱う“必然性”が気になります。だからこそ自分の作品に立ち戻った時、生の体験を通じた切実さが必要です。」
そう話す作家の制作ノートには、日々直面する経験や感情がプールされている。それらを起点に緻密な設計図、無数の下絵・習作を経て、これしかない色かたちへと辿り着く。
大切なのは、抽象化・象徴化によって鑑賞者と共有できるところまで個人的な発露の解像度を下げることだ。並べられた絵画は主題を体感させる“体験空間”をなし、観者独自の感覚や思考を喚起する。マーク・ロスコがそうであったように、末松もまた大画面の絵画による“体験”の場を創出せんと挑戦を続ける。
東京オペラシティ「Project N」での展示は、その一つの結実と言えるだろう。嬉しかったのは、あの場所、あのタイトルの作品が良かったと、鮮明に覚えてくれている人がいたこと。確かな体験空間、一方的でないコミュニケーションが生まれた証だと感じられた。
「これからも作品を通じて出会う人、関わる人のことを考えながら作っていくんだと思います。」
(取材:秋山悠香)
末松 由華利(Suematsu Yukari)
1987年埼玉県生まれ、大阪府育ち。2010年多摩美術大学卒業。17年「シェル美術賞」島敦彦審査員賞受賞。19年東京オペラシティアートギャラリーにて気鋭作家を紹介する企画展シリーズ「Project N 76末松由華利」開催。同年第33回ホルベイン・スカラシップ奨学生認定。これまで長野・中条、新潟、フィンランドでアーティスト・イン・レジデンスプログラムに参加。本年6月28日(火)~7月10日(日)KURUM’ARTcontemporaryでの個展を終え、8月3日(水)~8日(月)日本橋三越本店本館6階美術サロンにて個展開催予定。
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