「お前、どうかずっといて。決して私より先に死なないでよ、ね。」
彼との生活13年目にして、この春私一人金沢に引っ越した。
それは私自身の制作の為であり、またやむを得ぬ理由もあっての決断である。
私と離れた寂しさからかひと月ごとに彼の体重は10パーセントずつ減り、一時は、もう永くないやもしれぬので覚悟すべし、と二つの病院で宣告され、狼狽しつつ、いくつかの展覧会に加え山形へ東京へたまたま出張の続く日々の合間、できるだけ時間を作って一緒に過ごした。
御歳93、人間であるならば。
今は私の居ないことに慣れたのか、こいつたまに帰ってくるんだと理解したのか、すっかり元気に過ごしている。私が大学卒業後暫くして、実家でまだ今の生業など夢のように思っていた頃、家族に内緒で自室にこっそり住ませ始めた兎である。
それから13年、一人暮らしをした時期も、その後また実家へ戻った時も、一緒に。
私の創作活動の色々を、いえそれだけでない、日々の全ての色々を、黙って見てきてくれた生きもの。
朝早くから夜中まで、時に灯油の匂いの作業場で、時に蛙の合唱を窓越しに聴きながら、木を削る私の足下にじっと座り込み、もしくは死んだように横になって眠り、また足の周りをぐるぐると駆け。好き勝手撫でたい時に撫でさせて貰い、海へ野へと連れて行った。
私の、稀に作る器の仕事の中に彼は登場する。
まだ想像もできません、全く覚悟もありません、居なくなったらきっともう兎の絵は描きません。
私より先に死んでくれるなと今も思っています。
来るや卯年。
山岸 紗綾(やまぎし・さや)
1981年 石川県生まれ。2006年 金沢美術工芸大学美術工芸学部工芸科漆専攻卒業。13年 金沢卯辰山工芸工房修了。自身の頭の中に生まれる架空の植物を標本のようにコレクションしてゆく作品群「plant collecting」(2013-)はじめ、日本の情景をモチーフにしたジュエリー「wear the scenery 景色を纏う」(2015-)など、主に漆のジュエリーや立体作品を制作する。日本橋髙島屋工芸サロンはじめ全国百貨店・ギャラリーにて個展・グループ展多数。11月30日㈬~2023年2月27日㈪ 横浜髙島屋美術工芸サロンにて作品展示予定。
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