2022年は、国際展の当たり年だったといえる。そのうちの4つを見てきたので、年の最後に簡単にレビューしよう。
カッセルのドクメンタ(2022年6月18日~9月25日)は5年ぶりに開催された。ディレクターにはインドネシアのアデ・ダルマワン(Ade Darmawan)の率いるルアンルパ(ruangrupa)というアーティストグループが抜擢され、ドクメンタ史上初めてのアジア系、しかもグループによるキュレーションとなったが、彼らは世界中24のタイムゾーンから54のアーティストグループを招聘し、エスニックでカオスのような展覧会を作り出した。多くのグループが自分たちの活動をそのまま持ち込んで、あちこちでワークショップを展開し、また博物館的、市場的、拡散的な展示があり、絵画や彫刻は極めて少ない。
日本からは唯一、栗林隆が招聘されて、町の中でゲリラ的にサウナを設置、観客が裸でサウナに入るという作品を楽しんだ。また展覧会自体は反ユダヤ主義的な作品が含まれているとして批判され、ドイツ人のディレクターは罷免されたらしいが、それ自体がドイツ的な事件でもあっただろう。全体のテーマとしてルンブン(Lumbung)というインドネシアの農村の互助システムが掲げられていて、これがドイツ社会に結構なインパクトを与えたらしく、興味深い。アジアの若いアーティストがドイツの経済システムを変えるようになれば、アートの意義も相当に変わるかもしれない。ディレクターのアデは古い友人でもあったのでインタビューしたが、あなたはアートは何だと思うという質問には、「アクティビティだ」と応えたのが印象深かった。
次に訪問したのは、ヴェニスビエンナーレ(2022年4月23日~11月27日)だ。今年は、セシリア・アルマーニがディレクターとなって、多様性の時代を反映する内容構成となった。ヴェニスビエンナーレの長い歴史のなかで初めて、参加作家の90%が女性かジェンダー・ノンコンフォーミング(男女の性別の固定概念に合致しない人)で、男性は10%しかいない。おそらく400人近い参加者だろうから、その90%は大変な数である。テーマは「身体の表現とその変容」、「個人とテクノロジーの関係」、そして「身体と地球の関係」であり、極めて女性性の強い作品が集まった。
日本はその流れに入らず、ダムタイプと坂本龍一らの参加で、デジタルな音と光の空間作品となった。一方町の外では、著名男性作家の壮大な展示が多く、女性の作家たちとよい対比を見せた。アカデミアのアニッシュ・カプーア、サンジョルジョ・マッジョーレのアアイ・ウェイウェイ、パラッツォ・デゥカーレのアンセルム・キーファなどである。これが男性作家の最後を飾る事態にならなければいいが。
さて、少し時間を開けて、10月にはシンガポール・ビエンナーレ(2022年10月16日~2023年3月19日 )が幕を開けた。今回は、若手キュレーター4人のキュレーションで、テーマは「ナターシャ」。なんでロシア人の女性の名前がテーマになるのかと聞いたが、論理的な説明はなく、「ナターシャとは誰か」を探るのがこの展覧会なのよ、という回答ではぐらかされた。
作品はかなりコンセプチュアルによっていて、リサーチベースのものや、標本のようなものが多い。今回の会場はヘルトランスの巨大な倉庫の2フロア、前からギャラリーや美術関係会社が入っていたところで、なじみ深い。巨大な倉庫の空気感が現代美術らしい演出となっていた。このビエンナーレに毎回賞を出しているベネッセは、今回ヤン・ヘギュ氏(Haegue Yang/梁慧圭/韓国)に大賞を授与した。
さらに10月後半に入って、バンコク・ビエンナーレ(2022年10月29日~2023年1月31日) 第2回展を訪問した。こちらはタイ・ビバレッジという飲料会社が主催していて、完全民間主導である。キュレーターは日本とも縁が深かったアピナン・ポーサヤーナン (APINAN POSHYANANDA)で、世界中から作家を招聘した。
テーマはコロナ後のニューノーマル。移民、失業、環境問題など、今日の世界におけるグローバルな課題と混沌から抜け出す方法を理解し、模索する試みを掲げる、としている。特徴は、多くの仏教寺院、商業施設やコンヴェンションセンターなどを会場にして、聖と俗を包含しているところだろうか。作品は、アジアの大物(モンティエンブンマ、宮島達男、塩田千春)から、ヨーロッパの大物(マリナ・アブラモビッチ、アリシア・フラミス、アンソニー・ゴームリー)まで、極めて幅が広い。バンコクは観光地でもあり、ヴェニスと似たようなリゾート感があって、これはこれで長続きしそうである。
ところで最近ではアートの国際舞台というと、どうもアートフェアの方が人気があるように見える。ロンドンを拠点にして評判の高いフリーズアートフェア(2022年9月2~5日)は初めて韓国のソウルに進出した。100以上の世界中のギャラリーが出店し、そのオープニングはソウル市全体を巻き込んだ大規模なものとなり、韓国のアートマーケットの活況を印象づけた。このアートフェアが日本に来なかったのは、もちろん日本のアートマーケットのプレゼンスが弱いからだろう。これは大変残念なことである。
しかし、コマーシャルな意図とは関係なく、メッセージを発信する国際展も、アカデミックな意味で重要だと思う。日本もあいち、横浜、瀬戸内など多数の国際展を抱えるが、それぞれが国際的にインパクトを持つためには、もっと戦略的であらねばならないだろう。最低一つは、国を代表する国際展として育てるべきである。2023年度の日本美術業界の新たな展開に期待したい。