風景に時の層をつくる
自宅のアトリエにて(12月14日撮影)
「ここでは自分が最底辺なんだ」
「第4回ホキ美術館大賞」で大賞を受賞した大沼紘一朗は、日大芸術学部に入学した当時、美術予備校を経験した同級生とのレベルの差を痛感させられた。デッサン用の木炭には触れたことさえがなかった。周囲に追いつこうと、ひたすら技法研究にあけくれた。
転機が訪れたのは、大学院修了後のこと。画家の中島健太に師事する機会に恵まれた。プロの画家として生きることを学んだ3年間は大きな糧となった。画題を模索していた大沼に、風景画を勧めたのも中島。
《夢追人》 45.5×37.9cm 大沼にとっての原風景は「青」と「白」だという。風景画に専念するようになってから、山形という雪国にルーツがあることをいっそう強く意識するようになったとという。
また、表現を更に前身させたいと考えていた折、そのために動いてくれたのは、いつも気にかけてくれた光元昭弘だった。ホキ美術館大賞への挑戦も、光元の提案があってのもの。
多くの力添えあって今があるが、特に「風景画で大賞」という結果を得られたのはこの2人のおかげだった。
《五秒の再会》 50.0×72.7cm
海というモチーフは、師である中島健太が得意とするものの一つ。画家として生きていくための心構えなど、中島から教わったことは多い。
風景画には、自分の足で歩き回っての入念な取材が伴う。ホキ美術館大賞に向けた制作の時も、大作に見合う風景を見つけられず、粘り強く探し回った。
ふと、浜辺に打ち上げられた流木が目に留まった。かつて大地に根差し生長していた木がありし日の姿からこの場所へ漂着し、そこにある。流木に宿る時の重みに触れたとき、表現すべきものの芯が掴めた。
モチーフと向き合い、大沼は対象が内包する時の厚みを細やかに描き込む。“フェチ”と自認する光と陰の叙情的な対比表現も持ち味。劇的に演出された風景は、観る者が深く感情移入できる世界となる。
(左)《そまるせかい》 45.5×53.0cm
(右)《境界》 50.0×72.7cm
《境界》 24.3×66.8cm
写実でありながら、大沼の描く風景には深みのあるストーリー性が感じられる。「光」と「影」の対比と関係性を緻密に描き込むことで、風景を通じてさまざまな人生模様を浮かび上がらせるのだ。
大賞作の制作期間は約3カ月。達成感とともに、より深く対象に迫り、絵画作品として画面の強度をあげるように精進したいとの思いも強まった。
時間をかけ、ひとつひとつ丁寧に積み重ねていきたい――そう話す大沼の姿は、写実絵画の魅力を強く物語っていた。
(取材:原俊介)
制作風景。アパートの一室に設えたアトリエには、所狭しと画材が並んでいる。天井が低いため、イーゼルを調節するにも一工夫が必要。高さがちょうどいい椅子を探したり、細かな描き込みができるように筆を削ってアレンジしたり……試行錯誤の毎日だ。
白日会展に出品した大作《境界》をイーゼルに立てかけてもらった。小さなアトリエながら、一つ一つの工夫と努力によって、大沼の写実画は日々制作されている。
大沼 紘一朗(Onuma Koichiro)
1988年山形県生まれ。2011年日本大学芸術学部美術学科卒業。13年同大芸術学研究科造形芸術専攻修了。同年「第89回白日会展」「第45回日展」初入選。20年「第96回白日会展」関西画廊賞、22年「第4回ホキ美術館大賞展」大賞。現在、白日会会員。