”人と生き物の境界線を訪ねて”
若手作家の登竜門「VOCA展2023」、その最高賞に選ばれた永沢碧衣の《山衣(やまごろも)をほどく》。奥羽山脈に溶け込むツキノワグマは、山の神から授かった神獣であり、人里を脅かす害獣であり、そして、故郷の同胞だ。
永沢はフィールドワークをライフワークに、里山の風土、そこに生きる人と人ならざる者の関係性に眼差しを向ける。
出身は秋田県平鹿郡山内村(現横手市)。造形作家の父に連れられ、渓流釣りに山菜採り、豊かな山河の中で育った。部活や趣味を超えた範疇でものづくりに携わりたいと、県内の美大に進学。当初描いていたのは人の心を癒す“綺麗”な風景画、鑑賞者の目線に立つ一歩退いた作風だった。
20歳になった頃、父が病に倒れた。意識朦朧とする父に自分の絵を見せたが、拒まれてしまう。
「瀬戸際でも、伝わらないものはちゃんとある。身内にすら伝わらない、人に期待するものづくりではダメだと気が付きました」
もっと自分自身と向き合わなければ――そして、自らの足で訪ね、自らの手で触れ……実体験に基づく今日の画風へと繋がっていく。
画家になる意識をしたことはない。「お金があってもなくても、絵を描くことは変わらない」と卒業後は魚の卸売市場に就職、その後も職や環境を変えながら二足の草鞋で歩んできた。
2019年には狩猟免許を取得。以前からシカリ(マタギの頭領)について山に入っていたが、イチかバチかの一瞬は安全圏からしか見られず。そんな立ち位置を変えたかった。今では自ら獲物を捉え、捌き、調理し、美味しく頂く。熊の毛皮からは膠(にかわ)を作り、制作に使う。命の隅々までを慈しみ、作品に、身の内に刻み込む。
故郷にもキャンバスにも固執はしない。これからも旅を重ねる中で、人と生き物の互いの暮らしぶり、生き方が重なり合う瞬間を描き続ける。
(取材:秋山悠香)
永沢 碧衣(Nagasawa Aoi)
1994年秋田県生まれ、秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻卒業。秋田県内を中心に個展・グループ展他、造形作家の父・永沢敏晴との親子展もこれまで2度開催。2018年秋田公立美術大学卒業制作展理事長賞受賞、「第10回絹谷幸二賞」推薦。23年「VOCA展2023現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」VOCA賞受賞、3月16日(木)~30日(木)上野の森美術館にて同展覧会開催。
【関連リンク】永沢碧衣 ART WORKS VOCA展2023