[フェイス21世紀]:中村 文俊〈洋画家〉

2023年07月03日 12:00 カテゴリ:コラム

 

と或る世界のペンギンたち

 

アトリエにて(6月9日撮影)

アトリエにて(6月9日撮影)

 

静謐さ漂う絵画に謎めいたペンギンが紛れ込む――
今春の「第58回昭和会展」で昭和会賞を受賞した中村文俊が描くのはそんな不思議な世界。

 

《と或る休息》 2023年 91.0×91.0㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ 「第58回紹介展」昭和会賞

《と或る休息》 2023年 91.0×91.0㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ           「第58回昭和会展」昭和会賞

 

美術を志したのは高校2年生の時、美術の先生から「センスがある」と言われたことがきっかけ。
武蔵野美術大学で油彩画を専攻すると、大学内に設置された絵画組成室の講義へ熱心に通い詰めた。
西洋絵画の巨匠たちが使用した画材や表現を事細かに学んだことは、古典を基礎とする中村の作風を支える糧になった。

 

コロナ禍に見舞われたのは卒業後、画家としての道を模索していた時期にあたる。
緊急事態宣言下で剥き出しとなった同調圧力や排除の論理に対し、中村は強い恐怖と違和感を抱く。
社会への生きづらさを感じずにはいられず、自分のことのように苦しんだ。

 

そんな時期、部屋の片隅に置かれたペンギンの人形に目を向けた。
麻でできたそのペンギンは廃棄寸前だったのを引き取って大事にしていたものだった。
その顔つきに、何かを悟って覚悟したような表情を見出した瞬間から、ペンギンは中村にとって初めてのモチーフとなった。

 

《と或る日の悩み事》 2022年 65.2×91.0㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ 「月刊美術美術新人賞デビュー2023」入選

《と或る日の悩み事》 2022年 65.2×91.0㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ 「月刊美術美術新人賞デビュー2023」入選

 

身近な風景の中にペンギンが出現する。
大学で培った古典的レアリズムによる厳粛な空間に造作なく置かれたペンギンは、観る者にユーモアと不穏さを喚起させる。
ペンギンは中村の分身、ひいては人間の代弁者であり、無防備に社会へ投げ出された一個人の不安を伝えるための手段なのだ。

 

《と或る受け皿》 2023年 9.5×24.5㎝ 板、エマルジョン、油彩、テンペラ

《と或る受け皿》 2023年 9.5×24.5㎝ 板、エマルジョン、油彩、テンペラ

 

(左)《と或る道端の世間》 2022年 24.5×9.5㎝ 板、エマルジョン、油彩、テンペラ (右)《と或る住まい》 2023年 53×53㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ 

(左)《と或る道端の世間》 2022年 24.5×9.5㎝ 板、エマルジョン、油彩、テンペラ                     「第23回雪梁舎フィレンツェ賞」 フィレンツェ美術アカデミア賞
(右)《と或る住まい》 2023年 53×53㎝ 板、白亜地、油彩、テンペラ

 

「絵を描くことについて、今私が言えることは、自分が感じる“今”を表現すること。私たちを取り巻く情勢は常に変わっていく、その”と或る”一瞬を描き出したい」

 

今秋にはフィレンツェへの留学が控える。
現地の名画に触れ、絵画組成室で得た知識をより確かなものにするつもりだ。
現代の不安を独自に捉える中村の新しい表現は、ヨーロッパでの経験を通じ、さらに深化することだろう。

(取材:原俊介)

 

アトリエに足を踏み入れた瞬間、見覚えのある光景が目に入った。自室という極めて身近な情景を絵画にする――西洋絵画における室内画の伝統と、現代的な感覚が中村の作品では調和しているのだ

アトリエの内部も中村は作品の題材としている。自室という極めて身近な情景を絵画にする――西洋絵画における室内画の伝統と、現代的な感覚を巧みに混ぜ合わせることによって、中村の絵画世界は形作られているのだ。

 

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中村 文俊(Nakamura Fumitoshi

 

1993年神奈川県生まれ。2017年武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。19年同大大学院造形研究科修士課程修了。21年「第23回雪梁舎フィレンツェ賞」フィレンツェ美術アカデミア賞、「シェル美術展」入選。23年「月刊美術美術新人賞デビュー2023」 入選、「第58回昭和会展」昭和会賞など受賞多数。


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