〈生きた混沌〉を歩き、描く
描くのは繁華街の雑踏、たむろする鳩たち、美味しかった朝食。
何気ない日常のシーンをモチーフとした作品で、着実に評価を高めている画家・髙栁基己。
制作の第一歩は文字通り、歩くことから始まる。
上野駅を降りると、上野公園を散策し、アメ横を抜けて秋葉原の電気街まで。あるいは新宿三丁目駅を降りて繁華街と飲食街を巡る。
そこで目に焼き付いた光景がモチーフになる。その一瞬に感じた印象や感情を、即興的な筆致と確かな造形感覚のもとで描き出す。
日本大学芸術学部を卒業後、数年間は働き詰めで筆を握る暇さえなかった。
そんな中で、気力を振り絞って1枚の絵を仕上げた。
あまりいい出来とは呼べなかったが、描き切った達成感と同時に、「絵に救われた気がした」。
その体験が髙栁に画家としての一歩を踏み出させた。
それから、自分のすべき表現を考え直した。
「なぜその絵を描くのか?」。日芸時代に何度も問いかけられた言葉が頭をよぎった。
当時描いていたのは、現在とは対照的な抽象画。思うままに筆を動かし、色を並べる。
作品の意味は、観る側が自由に解釈してくれれば良い、と思っていた。
だが、画家として何を描くべきか、観る人にどんな感情や思いを伝えたいのか?
表現の原点に立ち返って悩み抜いた末、髙栁が見出したのは街中の雑踏が織りなす〈生きた混沌〉の美しさだった。
「瞬間の美しさを大事にしたいから、自分の絵も第一印象が強く心に刻まれるような作品でありたい」。
その言葉の通り、髙栁の具象は抽象時代に磨いた即興的なスタイルとも絡み合い、日常の一コマに輝かしい光を与える。
3月には銀座・スルガ台画廊での個展も開催する。
次なる作品のために、髙栁は街を歩く。
歩くことで心が開放的になり、世界は開かれる。
そして巡り合う心打たれる瞬間――髙栁の歩みとともに、絵の放つきらめきもいっそうと深みを増していく。
(取材:原俊介)
髙栁 基己(Takayanagi Motoki)
1993年埼玉県生まれ。2017年日本大学芸術学部美術学科絵画コース卒業。20年ACTアート大賞展優秀賞、23年美術新人賞デビュー入選、世界絵画大賞展協賛社賞(中里賞)。22年K Art Gallery(人形町)、23年The Artcomplex Center of Tokyo(新宿)にて個展。スルガ台画廊(銀座)にて「第58回レスポワール展2024 髙栁基己展」を3月25日㈪~30日㈯開催。
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