オーストラリアで「種の保全」を提唱する長さ82メートルの石彫作品を制作中
―「人類の生存」への熱く果敢な行動と表現
2006年、オーストラリア・ケアンズ近郊の沼沢地に長さ19メートル、重量11トンのステンレス製トカゲモニュメント「爬虫類・MOMI‐2006(野生稲自生地保全)」を設置、「野生稲の自生地保全」を訴え、絶滅が危惧される爬虫類の象徴として巨大なトカゲと共にその壮大な理念を現地の人々に提唱した彫刻家・田辺光彰(1939年神奈川県生まれ、多摩美術大学彫刻科卒業)。その後の活動について近況を尋ねた。
その「野生稲の自生地保全」の理念を更に大きな形で具体化するプロジェクトが野生稲の生育地、オーストラリア北部で進行中だ。ノーザンテリトリー州、ダーウィンから約140キロメートル、アーネムハイウェイ脇にある原住民アボリジニの聖域で、クロコダイルやワラビー、毒蛇も生息する原野の真只中。そこに大きく横たわる御影石の一枚岩に野生稲の籾のかたちを彫り進めている。タイトルは「MOMI・一粒の野生稲の種・自生地保存」(仮)。完成すれば長さ82メートル、横幅7メートルの大陸スケールのモニュメントとなる。プロジェクトを立ち上げ、州政府の認可も下り、彫り始めてから8年が経つ。そこでの仕事は1年のうち乾季の1~2カ月、現在の進捗は半分超の46メートル、後1、2年は掛かりそうだという。
田辺は、初期の触って音が出る作品や作品の内部に出入りすることによって作品と鑑賞者の関係を繋ぐ作品、そして長野県佐久市立近代美術館油井一二記念館前庭の「さく」(83年)、横浜港本牧埠頭突堤の「遥かなるもの・横浜(貝)」(86年)、韓国国立現代美術館庭園の「41・SEOUL・籾・熱伝導」(87年)、新潟県直江津港の「直江津」(88年)など地域と環境を繋ぐ大規模モニュメントを制作してきた。
そして相前後する87年、「今の時代に何を表現すれば意味があるのか」と環境の概念を拡大させてモチーフを探した結果、稲の「籾」のテーマに行き当たったという。
そこには21世紀、世界の人口爆発に伴う食糧危機問題が根底にある。1900年に20億人だった世界の人口は87年に50億人、2011年には70億人を突破した。毎年約8千万人の割合で増加する。87年当時から人口爆発に伴う食糧危機=米不足が警鐘されている。
米の生産性向上にはさらなる品種改良が必要で、そのためには原種である野生稲の研究が不可欠となる。しかし野生稲が育つ環境も年々損なわれ、今では世界的に危機的状況にある。つまり、食料危機に対応するには野生稲だけでなく自生する土地環境全体を保全することが不可欠だという。
田辺は「人類の生存」に警鐘を鳴らし、90年代始めより「籾」シリーズの制作を続けてきた。94年フィリピン国際稲研究所、97年タイ国立パトン・タニ稲研究所、02年インド農業研究協議会の依頼で各々作品を制作、そして08年にはローマの国連食糧農業機関(FAO)本部、09年北極のスヴァールバル国際種子保存庫にも作品を設置した。田辺が提唱する理念を国際機関が受け容れた。そして現在、これまでで最大のモニュメントを、オーストラリアの大地に刻み込む。「人類の生存」を表現の骨格に据える彫刻家の、熱く果敢な挑戦をこれまで以上に注視していきたい。(取材/窪田元彦)
「新美術新聞」2012年11月1日号(第1295号)2面より