MoMAの「東京 1955―1970」展
光田ゆり(美術評論)
ニューヨーク近代美術館で「東京 1955―1970」展が開幕した。カタログに作家紹介を寄稿したこともあって、筆者もオープニングに参加してきた。
日本の戦後美術全体を扱うアメリカでの展覧会としては、「戦後日本の前衛美術 スクリーム・アゲインスト・ザ・スカイ」(1994年、グッゲンハイム美術館ほか巡回)から約20年ぶりのことになる。同展の後、具体美術協会展が世界各地で行われ、近年はもの派に注目が集まり、田中敦子、李禹煥など個展も開催されて、日本の戦後美術は評価を高めながらより詳細に紹介されつつある。
「東京」展は、岡本太郎から原口典之まで―戦前派からベビーブーマーまで―40名以上の作家を集め、高度成長期の都市・東京にメディアと人が交差した前衛のエネルギーを見せるべく企画された。建築(メタボリズム)、音楽(図形楽譜)、パフォーマンス、グラフィック・デザイン、写真、映像とジャンルを広げる意欲展である。カタログにはその広がりが示されたが、会場スペースが足りないため、考え抜かれて展示はコンパクトにまとめてあった。
岡本の《森の掟》、見る機会のなかった河原温の大作油彩画、池田龍雄のペン画群、中村宏の三部作などが並ぶ1950年代の第1室は、硬質でグラフィックな絵画が生み出した、物質とせめぎあう人間像に満ちて見ごたえがある。第2室、3室は具体と実験工房のダイジェスト。ハイレッドセンター資料集成と、反芸術を代表するオブジェたちの両コーナーが左右から囲む中央のステージに、工藤哲巳の1962年のインスタレーション、菊畑茂久馬の《奴隷系図》などを設置。この部分がハイライトなのだが、会場の制約のため「反芸術」の見本帖のように見えかねないのは惜しい。続く2つのセクションは読売アンデパンダン以後の立石紘一、中村、篠原有司男、中西夏之の絵画群と、もの派につながる高松次郎、李、成田克彦らの立体および関根伸夫のドローイングのコーナーになる。最後の部屋は暗くされ、松本俊夫の映像作、ゼロ次元パフォーマンス映画、粟津潔と横尾忠則の仕事、赤瀬川原平のコラージュ、写真家グループ「VIVO」及びプロヴォーグ時代の写真が集積してあった。
万博に向けた未来志向のライト・アートの系列は、エントランスロビーに置かれた山口勝弘らのアクリルを使った作品が示すようだ。ロビーでは、メタボリズムの写真とハイレッドセンターの地図が左右に拡大展示され、インフラストラクチャーのドリームプランとそこを舞台にしたゲリラ的撹拌行動が対比された。全体を通して左右対称の部屋割で対比を示し、物質的なものと抽象的なもののダイナミズムが意図されていると見えた。
日本戦後美術研究の英語文献は、富井玲子氏をはじめすでに蓄積があるが、MoMAの鑑賞者はこれらの作品をどう受け取るだろうか。個々の作品の動機、意図、背景を考えながらピックアップされたものを見て行くと、それらをつないで言い表わす言葉が必要だと思えてくる。作品はどれも知的な解釈に応じられる度量を持って面白く、これからも各国の論者をひきつけると思う。その上で底にある切実さが見えるようになってほしい。出品作の多くが日本の美術館所蔵であるように(MoMA所蔵品も少なくなかった)、美術館の研究の地盤に則して作品をつなぐ思想を提示できるはずだと思う。開催中の東京国立近代美術館「美術にぶるっ展!」第2部の「実験場1950s」、東京都現代美術館のシリーズ「クロニクル」展などこうした仕事のこれからが、より重要になってくるだろう。
「新美術新聞」2012年12月1日号(第1298号)2面・新美術時評より
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