ウランバートルのそよ風
黒田雷児(福岡アジア美術館学芸課長)
2014年秋に開催予定の第5回福岡トリエンナーレのため、昨年9月にモンゴル現代美術調査に行った。近代美術の調査を除けば10年以上も間があいてしまったのは、予算や人手の問題に加えて、極寒のウランバートルには行ける時期が限られるからである。その間入ってきたのは、2008年の、不正選挙に怒った群衆が人民革命党本部などを焼き討ちし、国立現代美術館の所蔵品も多数焼失・損傷したという憂鬱なニュースだった。しかし2011年に香港の漢雅軒ギャラリーで開かれたモンゴル現代美術展からは、新潮流が生まれつつあることが期待できたのである。
1924年に史上2番目の社会主義国となったモンゴルでは、国策で多くの画家がソ連に留学したため、ソ連風社会主義リアリズムの画風がかつては主流だった。1980年代まではブルジョア的と批判されたこともあるモダニズム様式は、社会主義の崩壊によって今では美術家組合メンバーの画家でも定着している。近年は欧米留学に行く者もおり、海外作家との交流も増えてきているようだが、世界の現代美術の動きとは未だに相当な時間差がある。そこで第一印象としては、今も絵画が主流で、それも堂々たる大作が多いということである。サイズが大きいだけでなくしっかりしたマチエールを備えており、その画力はソ連式教育の遺産だろうか。大作が多いのは資本主義化によって国外でも売れるようになったからでもある。
絵画以外では、2002年創立のグループ「青い太陽」が自然のなかでのアートキャンプや国際レジデンスを企画して後続世代の「現代美術」的な表現に影響を与えた。画家4人とファッション・デザイナーによる女子系グループ「ノマド・ウェーブ」は集団パフォーマンス。画家を含めた多くの作家が広大な砂漠や草原のなかでのアースワーク的なインスタレーションやパフォーマンスを行なっているが、壮大な風景のなかでは写真写りはいいものの、表現としての質までは判断できず、ビデオ・アートも未だ試行段階のようだった。
確実に新しい展開を示していたのは、伝統技法・様式による「モンゴル画」である。斬新な構図と豊かな想像
力を示すウーリーンツヤ(栃木県立美術館の「アジアをつなぐ」展に出品(※3月24日まで開催))と、伝統的なイメージを再利用して社会風刺的なテーマを描き今年9月からアジ美のレジデンスに招聘するチョジリアブは突出した作家である。この二人以外にも、昔ながらの牧歌的な風景画に限られることなく、都市文化の浸透を感じさせる自由なイメージや明るく活気に満ちたスタイルが広がり、伝統技法を学びながらも油彩の大作やコンピューター・グラフィックに展開する作家もいた。
絵画やインスタレーションでも伝統的なシンボル、伝説、自然をテーマとする作家が目立ち、「モンゴル画」でも現代的な社会問題を扱う作家は少ない。しかし、アジアの都市のなかでもとりわけ殺風景でグローバル化と無縁にみえるウランバートルでも、若者たちののびのびとした表現による新風が吹き始めていたのである。
「新美術新聞」2013年2月21日号(第1304号)3面より
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