[新美術時評] 美術と教育〈6〉新宮 晋

2013年06月27日 16:58 カテゴリ:エッセイ

 

子供は天才

新宮 晋(彫刻家)

 

筆者近影

筆者近影

子供は皆、天才だと思う。地球に生まれて、まだあまり月日が経っていない彼らは、全ての新しい物や出来事に、強い好奇心や興味を示す。しかし残念なことに、成長するに従って少しずつそれが失われ、きらきらしていた好奇心はいつの間にか薄れていく。私は、子供たちが教育を受け、世間に同化していく過程で失っていくものに、実は本来の人間性が潜んでいるように思う。どうして子供たちを、大慌てで、現実社会に順応するように教育しなければならないのだろう。

 

私は、戦後間もない頃に子供時代を過ごしたので、物のあふれた現在では想像もつかないほど、おもちゃも遊び道具も、何も無かった。時間と自然だけはたっぷりあったので、近所の同い年の子供たちと一緒に、毎日新しい遊びを発明したり、冒険ごっこをしたりして遊び回っていた。自然の中で、色んな工夫をしながら思いきり遊んだこの体験が、現在の私の、風や水で動く作品につながっていると思う。

 

2012年8月に開催された「元気キャラバン閖上」の折に、閉鎖された閖上小学校の校舎跡に翻る「元気のぼり」―主催:宮城県美術館、元気キャラバン閖上実行委員会

2012年8月に開催された「元気キャラバン閖上」の折に、閉鎖された閖上小学校の校舎跡に翻る「元気のぼり」―主催:宮城県美術館、元気キャラバン閖上実行委員会

コンピューターゲームや、市販の模型や玩具を与えられる現代っ子たちには、自然の中で泥んこになって遊ぶという体験が欠如している。2年前私は、兵庫県三田市の私のアトリエ前の田んぼで、田植えから稲刈りまでの4カ月間、子供たちに呼びかけて「田んぼのアトリエ」というイベントを開催した。素足で田に入る昔ながらの田植えに始まって、田んぼの生き物の観察、七夕祭り、案山子(かかし)の制作、そして実った稲の刈取りに至るまで、季節の変化と稲の成長に応じて、自然の中で様々なワークショップを行った。近隣の高校の先生たちや、地元の経験者が手伝って下さり、どれも多彩で楽しい催しとなった。

 

その中で、鯉のぼりの形をした白い布に絵を描いて、被災地に元気のメッセージを送ろうという「元気のぼり」のプロジェクトを始めた。この年2011年の3月11日に東日本大震災が起き、沈痛の思いで日本中がしんと静まりかえり、予定されていたイベントは軒並み中止になった時期だった。私は、地元の保育園や老人ホームにも声を掛け、2歳の赤ちゃんから100歳のお年寄りまでが「元気のぼり」に絵を描いて下さった。外国からの参加もあり、アラスカやドイツの子供たちや地域住民が描いたのぼりも集った。

 

昨年になって、宮城県美術館を中心に、被災地の子供たちや家族が描いたのぼりも加わって、120本になった「元気のぼり」は、2012年8月、津波で壊滅的な被害を受けた宮城県名取市閖上で開かれた「元気キャラバン閖上」で展示され、元気なメッセージが風に乗って翻った。

 

 

2012年4月22日 宮城県美術館での「元気のぼりワークショップ」―100人の子供たちや家族、友人が集って、19枚の「元気のぼり」を描きあげた

2012年4月22日 宮城県美術館での「元気のぼりワークショップ」―100人の子供たちや家族、友人が集って、19枚の「元気のぼり」を描きあげた

「元気のぼり」の長さは3.5メートル。子供たちは、文字通り絵具だらけになって、全身で元気をぶつけてくれる。完成したのぼりを掲揚して、それが泳ぎ出すと、描いた子供たちが走り回って喜びを表現する。ここには、作る喜び、メッセージを伝える喜びがある。それぞれの土地で、その地の風をはらんで空に舞うのぼりほど、単純で分かりやすいものはないだろう。

 

私は子供たちに、何かを創造する喜び、自然から学ぶ楽しさを知って欲しいと願っている。子供のときのこの体験が、人を愛することや、自然を大切にする心を育てると信じているからだ。

 

 

 

 

「新美術新聞」2013年6月11日号(第1314号)2面より

 


関連記事

その他の記事