[通信アジア] 香港のアートシーンの興隆 : 南條史生

2013年08月28日 18:11 カテゴリ:エッセイ

 

アートフェアで森万里子の作品を見る観客(HKアートフェア)

アートフェアで森万里子の作品を見る観客(HKアートフェア)

香港のアートシーンの興隆

南條史生(森美術館館長)

 

 

香港アートフェア(5月23日開幕)を訪問した。今回から、香港バーゼル・アートフェアと称しているが、それは世界最大で最高の質を保つといわれるバーゼル(スイス)のアートフェアが、香港のアートフェアを買収した結果である。しかしそれでも、ディレクターは前回と同様、マグヌス・レンフルーが継続し、予想に反して、スポンサーもドイツ銀行のままであった。今回は35ヶ国から245のギャラリーが出展し、半数以上がアジアと環太平洋地域からで、扱うアーティスト数は3,000人以上に上っている。

 

前回は二つあるフロアを若手ギャラリーと、老舗のギャラリーに分けていたが、今回はそれを廃して「ギャラリー」「インサイト」「ディスカバリー」の3セクションで構成。ギャラリーセクションでは、171のギャラリーが出展しているが、インサイトセクションにはアジア・環太平洋地域の47ギャラリーが独自の企画展示を行った。若手作家を紹介するディスカバリーセクションには27のギャラリーが出店。アートフェアとしての印象を何人かの人たちに聞いたが、おおむね質の高い作品が、手堅く展示されている、しかし前回より熱気が少ないという意見が多かった。

 

同時に開催される展覧会やイヴェントもますます増加しており、3日の滞在でも見切れない。将来M+(エムプラス)と呼ばれる美術館が建設される予定のカオルーン・ウエストでは、館長となる予定のラルス・ニッテベ(元スウェーデン国立美術館館長)が音頭を取って、屋外にバルーンを使った作品を展示していた。ジェレミー.ディラーやポール.マッカーシーなどの著名作家が参加しているが、これはあまりうまくいった展示とは言えないだろう。

 

P.マッカーシーのバルーンの“うんこ”作品(カオルーンウエスト)

P.マッカーシーのバルーンの“うんこ”作品(カオルーンウエスト)

ガゴシアン(J.M.バスキア展)、E.ペロタン(村上隆、グザヴィエ・ヴェイヤン展)、ホワイトキューブ(チャップマン・ブラザース展)などのギャラリーのオープニングにも行ってみたが、どこも押しかけた観客で中には入れないほどである。いままで文化イヴェントの少なかった香港だっただけに、これは驚くべき状況である。もちろんその観客が、外国からのアートファンやコレクターだとしても、である。

 

また、アートフェア開幕に先だって27日に香港のアジア・センターで、ガラ・パーティーが開催された。ちょうど、アート好きの訪問客が多い時期に合わせたものと思われるが、世界のギャラリーがテーブルごとチケットを買い取っており、およそ300人が食事とオークションと森万里子のパフォーマンスを楽しんだ。香港で、これだけ文化の支援者を集められると言うことは、すごいことである。果たして、日本でこれと同じ事が成立するだろうか。

 

さてそれから一週間後に、ヴェニス・ビエンナーレに向かったが、今年は、香港パビリオンはリー・キットが代表で、大変な関心を集めていた。リー・キットは数年前から急に着目され始めた若手アーティストで、当初チェックのテーブルクロスのパターンを手で描き、それを食卓で実際に使用し、何度か洗濯までしたあげくにそれをロープに下げて展示する、というコンセプチュアルでパフォーマティブな作品で知られていた。控えめな作品でもあり、これほど脚光を浴びると思われなかった作家である。

 

香港パビリオンはアルセナーレ入口正面の集客に有利な場所で、荒れていた建物内部を整備し、これまでの香港パビリオンに比較して、極めて繊細で洗練された感覚の展示を行い、好印象を与えていた。その夜、リアルト橋の近くの魚市場で開催されたディナーも数百人の人を集め、盛会であった。集客力はリード・キュレーターとなったラルス・ニッテベの人脈のおかげかも知れないが、香港パビリオンがこれほど人を集めるようになったのも、香港のアート業界の勢いを反映しているのではないだろうか。

 

「新美術新聞」2013年6月21日号(第1315号)3面より

 


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