ソウル、ジャカルタ、シンガポール
青木保(国立新美術館館長)
昨年11月12日にソウルに新しい美術館が開館した。
国立近代現代美術館で、開会式に出席した。ソウルはかなり東京よりも寒かったが、式典は建物の外で行われた。大統領も来て祝辞を述べた。美術館の開館式に大統領が出席することはやはり大事なことである。文化を大事にすることを示すだけでなく、大きな話題となってその日のニュースにもなっていた。韓国には国立近代現代美術館(MMCA)がすでに二つあるが、ソウル市内には無かった。展示スペースだけで8,789㎡あるこの美術館は古い防衛安全司令部の建物と新しく設計された美術館の建物をうまく組み合わせて作られた面白い構造の美術館である。自然の彩光も取り入れた展示室や立体的に地下と地上をつなぐ展示場など興味深い。
文化・教育普及のスペースに図書館とアーカイブ、オフィスに駐車場、カフェテリアにレストランが二つ、美術館会員のラウンジまである。展示は近代絵画展と日本のキュレイターも企画に参加し日本のアーティストの作品展示もある現代美術展を見ることが出来た。これからこの美術館で何をするのか期待を抱かせるオープニング・セレモニーであった。
この11月の出張は忙しく、朝ソウルに行って開館式に出て一泊し、翌早朝ジャカルタへ飛んだ。ジャカルタでは「第7回アジア美術館館長フォーラム」が開催されていて、それに出席した。ソウルでの国立近代現代美術館の開館日の12日にこのフォーラムは始まったので、韓国の美術館の館長や関係者はみんな出席できず、中国の北京の国立美術館の館長もソウルに出席していたから、来なかった。
どういう事情か知らないが、アジアの美術館の館長が集まるのであればあと一日ぐらい日程をずらしてくれればどちらにも出席できる館長は多かったのではないかと思う。私は二日目から出たので、ナショナル・ギャラリーでの開会式のことは知らないが、”ON COLLECTION ASIAN CONTENT”と題された今回のフォーラムの中心テーマの発表を聴くことは出来た。それぞれの国の美術館が何をしているのかを発表するのだが、ほとんどが自国のアーティストの展覧会とコレクションの説明ばかりで「アジア」への広がりが無い。唯一日本の福岡アジア美術館の黒田学芸課長の発表がアジア全般への目配りの利いたコレクションと展覧会の将来も射程に入れた発表で大きな意義を感じさせるものであった。自国の宣伝は必要だが、アジアへの射程を感じさせるもので無ければこういう場で発表する意味がない。
最後に行われた総括的会合では、このフォーラムの運営に関する問題が取り上げられた。実はこのフォーラムは2007年にその発会式を国立新美術館で行っている。国立国際美術館の建畠館長(当時)の肝煎りで実現した。文化庁で仕事をし始めて二週間目くらいのときのことだったと思うが、大阪へ就任挨拶に伺ったところ建畠館長からいまこういう話があるが、文化庁に支援してもらえないだろうかと打診され、まだ役所内部のことなど何も知らないのをいいことに、意味のあることだからやろう、と言ってしまったのが始まりである。
特に義理は無くてもそれから7回になるというので、行くことにしたのである。日本でスタートしたのはよいが、その後はアジア各地で行われ昨年はバングラデシュだった。しかも、フォーラム運営の中心は中国であり、今回もインドネシア主宰なのに、いつの間にか中国が事務局のセクレタリアート役をやっている。さすがにこれには運営組織上の問題があると、わが東京国立近代美術館の松本副館長が指摘した。今後どのように運営されるのか中国の積極的な、あるいは中心的役割を果たしたいという気持ちは大切だが、このフォーラムの将来はそうした「民主的」な運営が出来るかに掛かっている。
中国をはじめアジアではいまや「美術館」建設ラッシュの時代を迎えている。このフォーラム開催の意味は深いのである。日本の役割ももっと明確に積極的に果たす必要がある。シンガポールではビエンナーレ展覧会を見た。シンガポールには数年後に大きな美術館が出来る。その館長もジャカルタに来ていた。いろいろと難問もあるし、文化にも国際関係の力学が如実に反映される。しかし、全体としては文化に関してはアジア歴五十年の経験から言うと、本当に面白い時代になってきた。前向きに考えたいと思う。
「新美術新聞」2014年1月21日(1333号)3面より