世界遺産―文明論的の視点
フランスで現在ユネスコの世界文化遺産として登録されている数は35件、自然遺産と合わせると38件に上る。この数は世界第4位ということで、フランスは世界最大の観光大国であると同時に世界遺産大国でもある。
パリに次いで観光客を集める孤島の修道院、モン・サンミッシェルやアミアン、ランスの大聖堂など、その他登録されている多くの歴史的建造物は、フランスの歴史に多大な影響を与えたキリスト教が残した遺産でもある。それは単体の建造物だけでなく、たとえば教皇庁があった南仏アヴィニョンなど地区全体が世界遺産になっている場合もある。
フランスには、2000年を超える歴史の中で「南仏アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」など多くのローマ遺跡が残され、その後の王朝時代に形成された街並みが、美しい景観とともに文化遺産として登録されている。
西洋世界には「文明」という視点が欠かせないが、文明とは宗教や政治・経済システム、テクノロジー、芸術を持って形成されたものだ。それを象徴するのが都市であり、権威や階級、経済活動、インフラ、美観など文明の全てが詰め込まれている。
フランスの文化政策の背後には、フランスが生み出した世界に誇る文明の保持という重要な柱があり、それが国家の価値を高めることに繋がると信じられている。そのため単に歴史的建造物のみならず、街そのものやある地区の保存に多くの予算が費やされている。
古代から残された貴重な歴史と多様な文化遺産が、フランスに限りない豊かさを与え、国民はそのことを誇りに思っている。無論、日常生活の中に、あまりにも多くの遺産があるために、市民は日頃、意識していないし、その歴史的意味も深くは理解していない。
だが、国の文化政策に対して批判する声はあまり聞こえてこない。ルイ14世の時代から文化政策は国家的アイデンティティの強化や国家の価値の創出の中心に据えられ、その考えは今も変わらず、非常に中央集権的に管理されている。
歴史的文化遺産の保護を含む文化政策に、フランスは国家総予算の0.9%に相当する(日本は0.13%)膨大な文化予算を費やしているが、国民的合意があり、政権が変わっても継続性を持ち、支持されている。世界遺産への登録にも熱心で、現時点でブルターニュ地方カルナックの列石群など、約30件もの登録暫定リストがある。
興味深いのは、古い歴史遺産を大切に保存するだけでなく、現代に活かす試みも積極的に行われていることだ。文化遺産のヴェルサイユ宮殿と庭園で毎年、現代美術の最先端にいる芸術家による展覧会を開催しているし、シャルトル大聖堂ではイルミネーションによる「光のシャルトル」のイベントが10年以上続いている。
無論、世界遺産に登録された遺跡や建造物、町並み、自然は観光資源として経済的に大きく貢献している。しかし、フランスではそれ以上に文明の視点を持って、国民のアイデンティティや価値観の共有ということへのこだわりが強く、奥深さを与えている。
(安部雅延・レンヌ上級商科大学常任講師/在パリ)
「新美術新聞」2014年10月11日号(第1357号)3面より