アメリカでTansaekhwaが注目されている(英文ではDansaekhwaとも表記)。
韓国の単色画である。1960年代半ばから70年代にかけて台頭。いわゆるミニマル絵画と韓国文化の精神性が合体した独自の動向だ。注目の震源地はミシガン大学教授ジョアン・キーの著作『韓国の現代美術―単色画と方法の緊急性』(ミネソタ大学出版2013年)。
これを一つの追い風に、ロサンゼルスのブラム&ポー画廊が14年にキーの企画で「すべてのサイドから―単色画による抽象」展を開催。続いてニューヨークのブラム&ポーでも関連作家の個展を同年(ハ・ジョンヒョン=河鍾賢)、15年(ユン・ヒョンクン=尹亨根)と続け、今春は「単色画とミニマリズム」展で、韓米の作風の響きあう作家たちを比較展示するなど、美術史にのっとった市場形成戦略を展開してきた。戦後アジア美術の中でも、歴史化(学術)をてこに、もの派の市場性を高めた同画廊ならではの成果である。(ちなみに、東京のブラム&ポーでも今春に「ロバート・モリスと菅木志雄」の比較展を行っていた)。
現在は、初夏の展覧会としてクォン・ヨンウ(權寧禹)のNY初個展を開催中(7/1まで)。和紙とは異なる独特の紙質の韓紙を裂いたり、突いたり、切ったりと、縦横に平面空間に介入した80‐90年代の作品群だ。紙を裏側から膨らませて卵の殻をはじいたような表情を作ったものもある。総じて厳格な表現にまじって、濃いピンクや藍のウォシュをあしらった愛らしい作品もある。
さらに、アップタウンのドミニク・レヴィーとチェルシーのグリーン・ナフタリの2画廊がダブルでチュン・サンハ(鄭相和)のNY初個展を開催(それぞれ7/30、8/5まで)。67年にパリに滞在後、神戸に移り10年ほど滞在して吉原治良の知己をえるなど、日本とも縁の深い作家である。レヴィーの展観はアンフォルメルに影響された絵具を引き剥がす60年代の作例から、絵画表面を幾何学的に細かく分割する70年代以降の作風展開を理解できるミニ回顧。一方、ナフタリは07‐15年の近作を見せる。
カオリン粘土でカンバスの上に下地をつくり、それを剥がしてからカンバスを折り、剥落部分にアクリルの白を入れる、さらにそれを何度も繰り返す、といった細かいプロセスをたゆまず続けた作品からは、一種の強靭な意志が立ち上がってくる。と書いてしまうと、いささか陳腐だが同時代のブライス・マーデンのような無表情に固めたモノクロームとは異なる豊かさすら感じられる。
もちろん、クォンやチュンのこうした作品の前に立つと、たとえばアグネス・マーティンやロバート・ライマンのミニマル絵画との差異ははっきりと見えてくる。「似て非なるもの」が出てきた歴史的背景が異なるから当然と言えば当然だろう。ただ、それを純粋に画面の中の出来事として語るには美術史は役不足かもしれない。批評の言葉が必要ではないか、そんなことも考えさせられた。
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