今年前半は海外講演が続き、その打止めで6月末にベルリンに出張した。同地では3泊の慌しい滞在だったが、アーカイブを基本にした企画に眼を引くものがあった。
講演は「世界文化センター」通称HKW(ハカヴェーと読む)の招聘で「ミスフィット:モダニズムのルーズリーフ頁より」展の関連シンポジウムでの発表だった(4/21~7/3)。
HKWは1957年アメリカの建築家ヒュー・スタビンズの設計した会議場を転用したもので、気持ちのよいモダニズム建築である。
同展は、シンガポール大学で教える若手精鋭で今年MIT大学出版からタイの現代美術に関する本を出したデービッド・テーの企画。
それぞれに知る人ぞ知る的存在だが、現在公式な評価が定まりつつある作家3人を選んでいる。タイのタン・チャンはカリグラフィックなドローイングが魅力。フィリピンのロックス・リーは日本でよく知られている映像作家だがシリアスな実験映画もあれば、飄逸なドローイングをベースにしたアニメーションも面白い。タントラの瞑想性とポピュリズムを絶妙に配合したミャンマーのバグイ・アンソーは映画俳優もこなす多彩な存在。
企画の特色は、複合性の高い作家の全体像を示すべく、いわゆる「作品」に加えてドローイングや資料性の高い作品群を、それぞれのアーカイブから選んで見せていることだろう。展示も仮設壁を避けて金属網でスペースを仕切るなど、オープンな構成で流動性の高い演出となっていた。
中央駅元駅舎を転用したハンブルグ中央駅現代美術館のハンネ・ダルボーフェンの個展「コレスポンダンス(文通)」もまた作家のアーカイブを軸にした構成(8/27まで)。
昨年限定ファクシミリ版で出版された書簡集がベースで、家族はもとよりカール・アンドレなどの作家仲間、ギャラリスト、キュレーター、コレクターなど錚々たる顔ぶれだ。
ともすれば難渋なのがコンセプチュアリズムの展覧会だが、作家同士の書簡類による交流を紹介しつつ、本人や友人作家たちの代表作を見せていく手法は、言葉や思考がそれぞれの作品に密接に結びついているだけに、生きた息づかいの聞こえてくる効果的な演出だといえる。見るほうも、70年東京ビエンナーレの準備で来日したソル・ルウィットの絵葉書を見つけるなど楽しい展観だった。
アーカイブとは異なるが、ベルリンユダヤ博物館の特別展「女達を探せ」も資料性が現代美術の理解を高める好企画だ(3/31~7/2)。
現在、イスラム女性の頭被りは様々な社会問題を提起しているが、実際にはユダヤ教やキリスト教でも女性の頭被りの習慣がある。
同展は、前半で博物館的展示により様々な頭被りの歴史と実情を紹介し、後半でその問題に切り込んだ現代美術をとりあげる構成。
たとえば何枚も重ねたイスラムの頭被りを順番に脱いでいくニルバー・ギュレスのビデオ作品は、通常なら頭被りの慣習についての説明が必要で解説も説教調を帯びたりするが、同展では学習済みの知識が自然と作家の批評性への理解を深めてくれる。
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