古来、絵画は建築の一部だった。近代という時代に絵画の自律性が顕在化したために、過去は忘却されたかにも見えるが、ことあるごとにその記憶は表面化してくる。
その一つが、今年の2月に公開された《オースティン》で、戦後モダニズム絵画の巨匠の一人、エルズワース・ケリーによる建築作品だ。オリジナルのプランは1986年にカリフォルニア州サンタバーバラの葡萄園のために考案されたが実現にいたらなかった。2015年に、私の母校であるテキサス大学オースティン校付属ブラントン美術館に作家が寄贈し、建設に必要な資金を同窓生やコレクターなどから募って実現された。建築家とのコラボは数多いケリーでも、建造物を自ら設計したのは唯一この作品だけ。
外形は、作家が早くから関心を持っていたロマネスク建築の半円交差ヴォールトをベースにして厳格な幾何学を強調した白一色の形態。教会建築を模して東西南北の軸で基本配置が決まり南面が入口となっている。
私が訪れたのは5月下旬だった。午前中でもテキサスの日差しは強く、純白の外壁は目に痛いほど。だが、中に入ると、仄明るい光が白い壁に反射して不思議な静けさを現出させる。唯一の色彩はステンドグラス。入口南面は無色ガラスを中心においた「色彩格子」。対面する東西のペアは「転舞する正方形」と「星形」。色環を思わせる配色だが、赤を青に対置して補色関係を微妙にずらしているところがケリーらしい。
開館時間の午前10時には東面の「転舞する正方形」を透過した色光が白い壁や黒い床に美しいパターンを映しだす。日差しの低い冬の朝には、北側の内陣に置かれた5メートルをこえる木彫《トーテム》のあたりまで色光はドラマチックにのびるという。
身廊と袖廊の壁面には、白黒二色の大理石で構成した12枚の正方形パネル《十字架の道行き》がめぐらされている。
キリスト教会の要素を借用しつつも、非宗教性を標榜するケリーの《オースティン》は、コンセプトの点で、同じくテキサス州ヒューストンにあるロスコー・チャペルを思わせる。だが、薄暗い会堂構造のロスコー・チャペルが内省と瞑想をさそうのに対して、《オースティン》は「光」が大きなテーマで開放感にみなぎる。むしろ、マチスが総合的にデザインしたヴァンスのロザリオ礼拝堂に気分は近い。ケリーはフランスのロマネスク建築やビザンチン芸術の純粋さと単純さに大きな影響を受けたというが、そこから形成された抽象の底に流れる精神性に触れる思いがする。
ちなみにブラントン美術館では「ランドマークス」と銘打ったキャンパス彫刻プログラムを展開していて、広い構内の内外あちこちに現在30点以上の作品が設置されている。ブルジョワやジム・ダインなど、多くがメトロポリタン美術館からのローンだが、巨大なナンシー・ルービンズのように新校舎建設にちなんだコミッションも増えている。
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