富井玲子 [現在通信 From NEW YORK] :ハドソン川の諸相

2018年11月01日 10:00 カテゴリ:エッセイ

 

マヤ・リン《ハドソン川を折り曲げる》2018年、サイトスペシフィック作品
筆者撮影

 

ニューヨークゆかりのハドソン川は、19世紀のハドソン・リバー派の風景画が有名だが、世界有数の大都会にとってはライフライン。エリー運河がハドソン川に接続して中西部の工業地帯とNYの港湾との交通を可能にしNYを商都にした歴史がある。また、天然牡蠣やニシンダマシ、チョウザメを中心とする漁業がかつて都市の食生活に貢献したように、ハドソン川は人間も含めたNYのエコシステムの要でもあり、その変遷はNYの未来にもつながっていく。そのハドソン川をテーマにした展覧会「マヤ・リン―川はドローイング」が、他ならぬハドソン・リバー・ミュージアムで開催されている(2019年1月20日まで)。

 

マンハッタンから電車で40分弱、窓外にハドソン川を眺めながら行ったヨンカーズが最寄駅。プラネタリウムも兼備した小ミュージアムは、小高い丘の上にある。

 

ゲスト・キュレーターは手塚美和子で、同館から相談を受けたときに、長年「水」をテーマにテムズ川や揚子江など川についての作品を展開してきたマヤ・リンを考えたという。

 

マヤ・リンはワシントンにある瞑想的なベトナム記念碑でデビューした建築家で、多角的にアートにも取り組んでいる。今回も「調べて作る」を実践し、環境変化に目配りしたシリーズを新作中心に12点展観している。

 

スタジオのマヤ・リン Photo: Jesse Frohman

 

私たちは、自分の立つ場所から見える川を「川」だと考えがちだ。このミクロな態度に対して、リンは「川の地勢も川の時間も絶え間なく動いている。複雑で、美しく、生きているものとして川を見てほしい」と願う。

 

では、変転する川をどう見せるのか。リンは自らを地図作りに喩えると同時に、流れる川を「自然の中のドローイング」とみなし、アーティストのドローイング行為と重ね合わせつつ、川の諸相を読み込んでいく。

 

たとえば《幽霊の川》は、区画整理などで消失したマンハッタンの水流や地下水脈を記した1865年の「ヴィール地図」を銀色のインクでトレースした。NYで仕事をする建築家の必須資料だが、リンは審美的判断をしながらトレースする流れを取捨選択し、過去をはかないドローイングとして定着させた。

 

部屋の天井、壁、床の上に約2万2千個の再生ガラスのビー玉を並べた《ハドソン川を折り曲げる》では、地勢図をもとに川の源流から海へとつながる水のネットワークを可視化する。科学データや地図がベースにあるものの、手作りへのこだわりが強く、微妙な質感にも敏感だ。照明の当たったビー玉の反射や壁にうつる影、あるいは壁に2万本強の針を刺した《ピンの川―ハドソンの分水嶺》のうねり、《記憶の地図、ハドソン川》の繊細なインクの跡は見るものに注視を促しつつ、移ろう川の記憶のありかを記していく。

 

気候変動をテーマにしたオンライン・プロジェクト《What Is Missing?》は記憶を集積する(whatismissing.net)。本展ではハドソン川にちなんだ記述をビデオ投影しているが、1893年「キャビアのサンドイッチが流行して、チョウザメが消えた」というNYタイムズの記事には、笑えない環境変化の事実が垣間見える。

 

左より《ハドソン川を折り曲げる》《ピンの川―ハドソンの分水嶺》《記憶の地図、ハドソン川》の部分 筆者撮影、Photos: Kris Graves

 

一階の収蔵品展示では(奥の壁)、ハドロン・リバー派の館蔵作品をマヤ・リンが選んで展示。手前に見えるのはアルミのチューブを使った新作《ハドソンの湾曲》で、最深で一万フィートに達する海底の峡谷を可視化する。 筆者撮影

 

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