3月初旬にコロナ対策でロックダウンしたNYは100日後の6月8日、解除の第一段階に入った。美術館や劇場など文化関係施設の再開は第四段階なので、まだまだ先は長い。
この明るめの状況下、アメリカのみならず世界を震撼させる事件が起こった。
5月25日―ミネアポリスで白人警官がアフリカン・アメリカンのジョージ・フロイドを扼殺。「I can’t breathe」とうめくビデオがテレビやネットに流れ、パンデミックにもかかわらず、国外にも波及する抗議運動が起こった。
無実の黒人が警察暴力の被害にあう光景を記録したビデオ画像は、1991年のロドニー・キング事件までさかのぼる。フロリダ州の少年トレイヴォン・マーティンが警官に殺された2012年の事件を契機に、Black Lives Matter(黒人の生命は大切)のハッシュタグが登場、同名の人権団体が結成された。
奴隷制度はアメリカ建国の「原罪」であり、50-60年代の公民権運動や64年の公民権法成立後も人種差別は根強く続いていた。近年も黒人への警官暴力が発覚する度に批判が起こったものの、抜本的な状況の改善には至っていない。
だが、今回は何かが違う。多くがそう感じ、行動し、施政にも決定的変化が表れてきている。
息を潜めてコロナ禍を凌いでいた人々のエネルギーがあふれ出したかのように、6月15日現在NYでは連日抗議デモが続いている。
アート界でも、美術館や文化施設が次々とBLM運動への支援や連帯の声明を出している。単なるリップサービスだとの批判もあるが、裾野の広がりが重要だと考えたい。地元ミネアポリスのウォーカー・アート・センターやシカゴ現代美術館などが、勤務時間外の警官にイベント警護業務を依頼することを中止したとの報道もある。学問の世界でも論文サイトのJSTORが「制度化された人種差別」を理解するためのシラバスを発表、随時内容を更新する(https://daily.jstor.org/institutionalized-racism-a-syllabus/)。さらに、辞書の老舗「ミリアム・ウエブスター」では racism の定義に「制度化された人種差別」を加える作業中だ。
グラスルーツのアクティビズムは、〈美術〉という制度の外に草の根の表現を生む。
警察暴力による死者を悼む肖像壁画の前例は少なくないが、今回も向日葵の花を後光に見立てたフロイドの肖像壁画が現場近くに描かれて追悼や報道の焦点となっており、類似の図像を他でコピーする例もあるという。
6月5日にはワシントン市長の肝いりでホワイトハウス近くの車道一杯にデカデカと黄色い大文字で BLACK LIVES MATTER と記した路上画が現出した。高さ10mを越える巨大デザインは単純ながらインパクトのある都会のランド・アートとも言えるだろう。こちらも追随する都市が出てきている。なかでもシャーロットの路上画はオリジナルのミニマリズムと対極のカラフルな表現が出色だ。NYでも第一弾が登場した。
ところで抗議デモの乱入を防ぐ名目でホワイトハウスは黒い金網フェンスを設置したが、瞬く間に差別反対のプラカードやポスター、アート作品など様々な表現がぎっしりと掲示され、逆効果。こちらは早々にスミソニアン協会に収蔵されてしまった。
番外―せっかく取材したので、ネットを使った情報発信に慣れてきた美術界の微笑ましいコロナ話題。ミズーリ州のネルソン・アトキンス美術館が近隣のカンザスシティ動物園からペンギン3羽を招待して名画鑑賞の機会を提供し、YouTube映像を制作した。
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