子供の頃、美術というのはお絵かきの上手な人の領分だと思っていた。お絵かきが超下手な私だったが、「現代美術」なるものがあると知っていたら、コンセプチュアル・アーティストになりたかったかも、と時々考えることがある。
そんなことを思ったのは、香港で知り合ったイノック・チェン(鄭得恩)と最近話をしたからだ。
チェンは、アジアン・カルチュアル・カウンシル(ACC)の助成で2020年の一年間、NYでレジデンシーをしている。運悪くコロナ禍に引っかかるも、香港に帰ったところで憂鬱度が解消するわけでもないのでNYに居ることにしたという。とはいえ、ロックダウンもあり春先に一度連絡してから11月まで会える機会もなかった。
ランチをしながら話をしているうちに彼がふともらした「アートとは知を起動し、活性化する(activate knowledge)行為」という言葉は、何とも新鮮に響いた。これほど直截にアートの本源的で今日的な可能性を表現した言葉を聞くのは久しぶりだった。
チェンは香港大学で英文学と美術史を学んだ後、ロンドンのゴールドスミス・カレッジでクリエーティブ・ライティングの修士号を得ていて、アート・スクール出身ではない。
だが、よく考えれば近年、欧米の美術系大学では、お絵かき型教育は少なく、パフォーマンスやメディア・アート、社会関与型アートなどを専攻として選択できるところも多い。しかも、絵画や彫刻の専攻でも、実技よりもセオリー(ポストモダンなどの思想的理論)を重視するカリキュラムとなっている。
だから、チェンの履歴が特別に変わっているわけではない。むしろ、アートとそれ以外の表現、さらには人文科学との垣根が低くなっているのだ。そのかわり、チェンの場合、表現の方法も映像、インスタレーション、展覧会のキュレーション、ダンス、イベント、演劇、パフォーマンスと多岐にわたる。
NYに来たのは、「生命」の本質を知るために自然史博物館で調査することが目的だった。ロックダウン前に館内を縦横に探訪して、ヨーロッパ型自然史博物館が普通の意味で科学や自然をテーマにしているのに対し、NYでは人類学や民俗学が重視されていることに気づき、博物館が知と歴史のネットワーク蓄蔵庫だと理解するまでになった。
こう書くと、理屈っぽいポスト・スタジオ系に聞こえるかもしれないが、チェンはあくまで現場での調査と実践を重視する。
最近は、展覧会のギフトとしてスカーフをデザイン制作したことから、布への感心を高め、ロックダウン解除後にマンハッタンの服飾卸店地区の布地屋を網羅したと豪語する。
裁縫も学び始めたが、「裏側からの思考」を要請され、数歩先の先読みを迫られる、と分析する。ランチの当日も、細長い赤い端切れを無造作に縫い付けた白のTシャツがカッコよく、なるほどと思いつつ別れた。
有朋自遠方来不亦楽。
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