コロナ禍がアメリカで本格化して、ちょうど一年になる。バイデン大統領のテレビ演説をはじめ、メディアでも一周年を記念した特集が目立った。また、オンライン紙『ゴサミスト』によると、NY市では本稿執筆中の3月14日にブルックリン橋の橋梁にコロナで死んだNY市民の遺影をプロジェクションする追悼イベントを行った、という。幻影のような現場写真をみていると、この一年に逝った人々、さらには失われてしまった時間やものを想わずにはいられない。
その一方で、新たな試みも着実に進んでいる。そのことを一番印象付けてくれるのは、3月18日にオープンするフリック・マジソンだろう。といっても新美術館誕生ではない。フリック・コレクションが本拠とする五番街のフリック旧邸を改築するあいだ、元ホイットニー本館だったブロイヤー・ビルディングに仮住まいする。
同ビルはメトロポリタン美術館が10年の予定でリースして2016年にMet Breuerとしてオープン、特別展や現代美術の展観にあてていたが、観客数が伸びず昨年3月に事実上閉鎖し、フリックがリースの残余期間を引き受ける形でフリック・マジソンが実現した。
コンクリートむきだしのブルータリズムの建築が、フリックの収蔵品の核をなす古典絵画になじむのか、どうか。
ボストンのイザベラ・ステュワート・ガードナー美術館にもまして、超富裕層の豪邸を舞台にレンブラントやフラゴナールやゲインズボロなどの名作を鑑賞できる豪華な雰囲気が一つの魅力だっただけに、あまり期待せずに報道内覧に出かけた。
ところが、である。オランダやドイツ、イタリアやフランスと、地域ごとにまとめ、さらに年代順に並べた展観は、渋いグレイに塗られた壁を背景に、それぞれの作品をじっくりと見る環境を演出している。
いわば洗練された美術館展示に過ぎないと言えばそれまでなのだが、以前は観光気分で見ていて、恥ずかしながら作品と一対一で向き合ったことがなかったことに気が付く。
たとえば、絵柄を知っていたつもりのアングルの《ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像》は確かにゴージャスなドレスの質感が圧倒的で感服するものの、画家が腐心した左手と左腕は遠近法が利きすぎたためか、いやに大きいのが目についてくる。アングルは造形上の要請を解剖学に優先させたことで悪名高いが、ここにもその一例があったわけだ。
またターナーの《ディエップ港》は幅2メートルを越える大作で、特有の光の表現が印象的だが、よく見ると右岸に人物が何人か描かれていたり、空間の奥に薄く浮かんで見える建築群が実はしっかりと微細な線で描き込んであったり、見ることの楽しみを満喫できる。
もう一つ、フリックの面白い試みは、ロックダウン下の昨年4月から、毎週金曜日17時に放映する「キュレーターと一緒にカクテルを」というYouTubeシリーズ。カクテルのレシピ付きで楽しめる。
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