このコラム連載を始めさせていただいたのが1995年、それから四半世紀がたつ。
長く眼前のアート・シーンを観察してきたが、この数年は、90年代には想像だにしなかった大きな変化が目立った。
大きな変化の兆しとしては、昨年夏に人種の枠組をこえて巻き上がった Black Lives Matter 運動への支援が、コロナ禍のロックダウンの鬱屈を晴らすかのように決定的なカタリストとなったと感じる。
先行する #MeToo 運動とも相乗して、それまで声を上げても振り向かれることの少なかった女性や黒人たちの声が広く響きわたるようになった。アート界では、黒人や女性を筆頭にしてLGBTQなど、マイノリティの作家への着目が確実に増えている。
ただし、たとえば総覧的に「戦後に活躍した女性作家展」を企画しても、それは一時的な注目であって、真に女性作家の評価をプラスに転化し定着させるためには多くの美術館に作品が収蔵されるようにならなくては不均衡が解決しない、という意見もある。その一方で、美術館に収蔵されていても長く死蔵同然だった例も多々あるわけで、言説や調査研究も連動した再評価がなければプラスにはならない。各方面の連動が、一過性ではない地に足のついた変化につながっていく。
その典型的な例は、ドリップ絵画を実践したジャネット・ソーベルだろう。40年代半ばに一時注目されたものの、抽象表現主義のマッチョな動向にかき消されてしまった。
NYのMoMAにも作品が2点収蔵されていて、時折収蔵品展示に出てきているから完全無視ではないだろうが、いかんせん彼女にまつわる物語までは見えてこない。
その意味では、NYタイムズの「見過ごしはもう終わり」(Overlooked No More)と銘打った物故欄のシリーズで7月にソーベルが紹介されたことは重要だった。文字通りこれまで見過ごされてきた黒人や女性の重要人物を再発見するシリーズで、長文の回顧記事を特徴とする。ソーベルの記事は見出しで「ポロックに影響」と正面から切り込みつつ、ナイーブ系の出自、またペギー・グッゲンハイムの今世紀ギャラリーでの個展など、前衛絵画の主流に顔を出していたことを紹介した。今後の展開を見守りたい。
歴史の見直しは、ここ数年の大きな潮流だった。今年になってメトロポリタン美術館が収蔵していたベニン青銅像やシヴァ神像板を、それぞれナイジェリアやネパールに返還すると発表したのは、近代における収奪の歴史を見直し文物返還を始めた欧米美術館の趨勢の中にある。
また、全米に点在していた南軍将校の記念碑も人種差別の歴史への意識が高まり撤去されたものが多い。論争となっていたNYのアメリカ自然史博物館玄関前にあった黒人と先住民を従えたセオドア・ルーズベルト大統領像はノースダコタ州に新設される同大統領図書館に移設されることで一件落着した。
アジア系移民アーティストへの関心も近現代史の見直しの一環だ。日本、中国という国別ではなく、アジア全体を考えた先駆としては美術活動家集団「ゴジラ」があり、『アジアン・アメリカン芸術ネットワーク1990-2001年』と副題の付く論集が出版されたのは特筆に値する。
またジョン・ヤウが企画してリナ・キム画廊で開催中の「三人の見えない教授たち」展は、日系の新妻実とレオ・アミノ、韓系のジョン・パイを見せる(11/18~2022/1/29)。NYの美術学校で教えていた彫刻家を共通点に、それぞれの作風を打ち出した展示は見ごたえがある。また、三人の年譜を組み合わせた年表、図録や雑誌などの資料展示もまじえて歴史化を試みた意欲的な取り組みだった。
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