恒例のホイットニー・バイエニアルが始まった(4月6日~9月4日)。今年は意外にも「好感の持てる」とまではいかないまでも「不愉快にならない」企画と展示だった。
ホイットニー所属のデービッド・ブレスリンとエードリアン・エドワーズの二人が企画した今回の展観は、定例通りなら昨年開催されるはずだった。しかしながらコロナ禍のため1年延期、パンデミックと Black Lives Matter 運動の状況を目前にしながらの作家選定は特にテーマをもうけることなく「第六感」(=hunches)に従ったという。
タイトルの「Quiet as It’s Kept」は口語表現で、ト二・モリソン(作家)やデービッド・ハモンズ(アーティスト)、マックス・ローチ(ジャズ・ドラマー)など黒人表現者たちに由来する。集団の平穏を守るための「秘密と沈黙」を意味するが、たとえばモリソンの小説ではむしろタブーを破って発言することが共同体全体のヒーリングにつながる――そんなコンセプトが込められている。
実際、世界的なコロナ禍は、コロニアリズム、人種差別、ジェンダー問題など歴史的に根深くくすぶっていた不均衡が表面化した。しかも単に一部で問題化されるのみならず、BLM運動のように共通の認識として広がりを見せる傾向があることも事実だった。
それをキュレーターが説教調で理論化するのではなく、むしろそれぞれのアーティストに語らせる、という意図が今回のタイトルには込められているように思われる。
参加した63の作家・グループで、声が一番大きいのは何と言っても古参格のアルフレッド・ジャーだろう。2020年の夏、トランプ大統領がホワイトハウス近隣の教会の前で聖書を持ってポーズした時にはあっけにとられたが、合法的にデモしている市民たちを蹴散らした光景はテレビでも放映された。ただし最悪の権力濫用はヘリコプターの超低空飛行だったというのがジャーの観察だ。国際法にも違反するこの行為をジャーは既成のカラー記録映像を繋ぎ合わせて白黒で5分に凝縮、非暴力のデモと対比させながら、映画撮影用の送風機を持ち込み、圧倒的な風力を体感させるビデオ・インスタレーションを実現した。
一方で、声なき声を静謐に演出したのはやはり古参のココ・フスコ。NY市営墓地があるハート島の周囲をボートを手漕ぎしながら経巡る光景を撮影したビデオ。淡々と進むボートに空撮した島の風景を組み合わせる。現在は公園課管轄だが長く監獄課が管理して囚人が穴掘りに使われたり、エイズの死者が埋葬されたほか、パンデミックではコロナの死亡者が無縁者同様に葬られるなど、暗い歴史が幾層にも隠されている場所に思いをはせる。
全体に6階はビデオ作品が光っていたが、床天井壁を漆黒に統一した迷路状の配置がビデオに親和性の高い空間を作っていたことが大きいだろう。一方、5階は白く開放的なスペースにブロック風のユニットを多数使って平面作品を展観して見心地がよく、いずれも作家の声を最大限に引き出す展示の工夫として評価したい。
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