私の長年の持論の一つに「現代美術確立のための三位一体論」がある。
基本は、作品に「WOWファクター」があること。単に作品がいいこと、と言ってしまえばよいのだが、そうなると「よい作品」の定義が難しい。むしろ、見慣れないものを見て「えっ(Wow!)、これ何」と思わせる力を実感として基本に考えてみた。
その上で重要なのが、学術、市場、美術館(収集)で、これらの歯車が合わなければ、日本の現代美術は世界美術史に定着しない、という考え方だ。つまりは「三位一体」だ。1994年のアレクサンドラ・モンローの「戦後日本の前衛美術―空に叫び」以来の動向を同時代的に観察して出した結論である。
これが理想的に機能している一例がダラス美術館で、その成果をお披露目するかのように南北アメリカと東アジアをテーマに「Slip Zone」と題した抽象絵画展が開催されている(~7月10日)。関連企画のパネルディスカッションに招待されてダラスに行ってきた。
ダラスの特色は、個人コレクターのハワード・ラチョフスキー夫妻が自己コレクションをThe Warehouseと銘打った私設美術館で公開するとともに、ダラス美術館との共同購入や同館への将来的な寄贈を視野に入れた蒐集を行い、さらにはコレクションに関連して大学院生シンポジウムを行うなど、多岐にわたって三位一体を根付かせている点だ。
コレクションの三本柱は戦後日本、ミニマル系、イタリアを中心とした戦後西欧だ。日本は海外でも研究と市場の進んでいる具体ともの派を中心に集めている。
ダラス美術館のスリップゾーン展にも夫妻所有の具体やもの派、さらにはGUNなどが出品され、同館所蔵品を中心とした北米・南米との興味深い響きあいを演出していた。
ダラス郊外にあるウエアハウスでは収蔵品展示に加えて大規模な特別展も自主企画する。ちょうど「彫刻としてのサウンド」展が開催中で、ナンシー・ホルトやヨシダミノルの意欲的な実験作が紹介されていた。
中でもエードリアン・パイパーの《ハミングの部屋》では、二人の男性警備員が空っぽの部屋の両端の入口に立っていて、ギョッとさせられる。ハンス・ウルリッヒ・オブリストの Do It Yourself展のために2012年に構想された作品で、観客がハミングするのを警備員が確認して入室させる秀逸なDIY趣向だ。私は、とっさに思い浮かんだベートーベンの歓喜の歌を口ずさんで無事入室できた。
パネルディスカッションでは、2010年代初頭の日本ブーム(グッゲンハイム美術館の具体展やMoMAのTokyo展など)は何故、と質問されて、私の「三位一体論」を披歴して関心を集めた。「では将来は?」という追加質問では時間切れになったが、美術館の収蔵作品が展示され教育普及がなされること、つまり美術館が一般観衆の目線で学術を拡充していくことは重要だ。さらに今回のパネルディスカッションのように、専門家が研究の楽屋裏を明かしつつ、グローバル化の〈思想〉を語ることも啓蒙には欠かせないだろう。
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