少し前の話になるが犬を買った。犬といっても、ウサギ小屋より狭いNYのアパートは夫婦二人で定員超過ぎみだからリアルの犬ではない。デジタルの仮想現実の犬である。
5月のNADAアートフェアに出店していたNowHere(ナウヒア)画廊で購入した。日本人二人(千房けん輔+赤岩やえ)のデュオ、エキソニモが構想した《メタバース・ペットショップ》からの購入だ。展示では、黒い金属檻をミニマル彫刻よろしく積み上げ、中にモニターを設置、それぞれ10分おきにデザインの変わる犬のアニメが流れている。
好きなものがあれば、画面上のQRコードを使ってその場で即時購入が可能だ。デモ版をさっそく試して、一匹ゲットした。
スマホやネットでmetaversepet.zoneに行くと、自分の犬と共に、他の人たちの犬も一部見ることができる。オーナーとペットの名前を登録すればより強力に所有権を主張できる。ここまでがデモ版の仕様だった。
その完成版がいよいよお披露目となり、ナウヒア画廊で個展が開かれた(7/2~8/21)。
デモ版からの進化は、犬を「ドッグ・パーク」に連れて行くことができること。現在は在廊中のみの機能で、壁に映写されたアニメの犬たちと自分の犬が一緒に遊ぶ様子を見ることができる。個展オープンのパーティでは出席したデジ犬所有者たちが、犬を仮想空間で一緒に遊ばせて大いに楽しんだそうだ。
もう一つの展開はNFTだ。デジ犬を普通通貨で買った後でNFT化するオプションが付いてくる。これを選ぶとクリプト通貨の支払いと引き換えに、犬の毛並みのパターンがJPGファイルのNFTとして入手できて、OpenSea.ioで鑑賞可能になる。
試しにポッキーの画面でNFTをクリックしてみたら、次のような案内が出てきた。
「メタバース・ペットショップはあなたのペットをNFTに変換するサービスを提供します。ただしペットを単純にNFT化するのではなく、ある一つの操作を行います。まずペットのテキスチャーをボディから取り出します。それをERC721に準じた契約のもとにトークン化します。ボディは失われますが、テキスチャーはNFTとしてより強力な恒久性、真正性、資産としての流動性を持ちます」。
えっ? 要は「皮」を引きはがされて犬は死ぬということだ。NFT化=犬を「殺す」。
そんなことは聞いていなかった、とてもポッキーを殺す気にはならない、というのが私の率直な反応だった。
もっとも、この無味乾燥な指示が言うように、NFTは恒久性が高く、NFTになった犬の「皮」は確固とした不変の仮想存在を持つ。対して、ネット上のデジ犬はアニメーションで舌を出したり、寝そべったり、穴掘りしたりと愛らしいが、ネット上のサイトが閉鎖されたら一緒に消滅する運命にある。
どちらを選ぶかは究極的な価値観の問題となる。仮想空間とはいえ生殺与奪の権利を持ち生命をコントロールする所有者になるというのは、シビアな倫理の問題でもある。
なお現在までに280匹ほどの犬が購入され、NTFのオーナーは6名とのこと。
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