レイ・ジョンソン(1927~1995)と言えば、ニューヨーク・コレスポンダンス・スクールを立ち上げたメール・アートの大家である。
ここで、コレスポンダンスの英語の綴りはCorrespondance。通信を意味するコレスポンデンス=Correspondence をわざと間違えて、通信教育(correspondence school)との差異化を図ったのかもしれないが、おかげで後世の私たちは、ジョンソンを紹介する度に、和文編集用語「ママ」に相当する「sic」の挿入が必要になるという厄介な作家でもある。
「もっとも有名な無名アーティスト」とも呼ばれるジョンソンのメール・アートは、50年代後半にすでに始まっていた。造語名人のジョンソンは、自作のコラージュを「モティコ=motico」と呼び、それを道で見知らぬ人に進呈したり、知人たちに郵送したりと、独自のネットワーク作りを開始した。
作家のユーモアは作品や書簡に登場するウサギ風のトレードマークにも表れている。
強いて分類すれば、ジョンソンのコラージュはネオ・ダダに相当するが、エルビス・プレスリーやシャーリー・テンプルなど、音楽や映画の人気者の写真を雑誌や新聞などから切り抜いた点で、ウォーホル的なポップの先行例でもあり、公共の場所で通行人にモティコを配り反応を記録した点では、ハプニングやパフォーマンスの先駆でもある。
様々な現代美術の動向を先取りしていたジョンソンだが、不思議なことに写真を自分で撮影することは少なかった。
例外として、92年1月から使い始めた使い捨てインスタントカメラがある。これは3年後の94年12月までに137個ものカメラを使い、大小の自作コラージュを様々な生活空間の中に持ち出して撮影している。
ただし、これらのカラー写真は事実上未発表で、写真屋から戻ってきた紙封筒に入れられたままの状態で死後発見されたという。
こうした写真と関連資料類が、今年モーガン・ライブラリー&ミュージアムに作家エステートから寄贈され、ウサギに付されたテキストの一つからとった「Please Send to Real Life」を展名にして展観中だ(~10月2日)。
写真作品の焦眉は、《映画スター》と題された段ボールのコラージュだ。
現物は幅20センチ前後、大きいもので高さが80センチ程度になる。タイトルは映画スターだが、ウサギの自画像にテキストをあしらったドローイングや、自分や友人アーティストの顔写真を使ったものなど、レディメード的に膨大に蒐集したイメージが使われている。それを野外の生活空間に持ち出して、インスタレーションよろしく演出して撮影している。スナップショットだが、一つ一つ見ていくと実に楽しい。
段ボールのコラージュは、いずれも大きすぎて手軽に封筒に入れて郵送するのは難しい。だが、写真に撮影すれば郵送も可能で、メール・アートとして送っていたようだ。
今ならフェイスブックやインスタグラムなどのSNSを使って発信するところだろう。そういう意味でも、ジョンソンは先駆的な存在だったと言える。
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