昨今のアジアでソフトパワーによるグローバル化に一番国力を注いでいる国はどこだろうか。そんな質問に、日本人ならクール・ジャパンの日本だと答えるかもしれない。だが、アメリカで見ていると日本の努力が目に見える効果を上げているようには思えない。
一方、目に見える効果を上げている国をあげるなら、韓国は確実にその一つで、アートにおけるグローバルな主張も力強い。
それを印象付けるのが、現在グッゲンハイム美術館で展観中の「Only the Young: Experimental Art in Korea, 1960s-1970s」(若者たちこそ―韓国の実験美術60~70年代)展(来年1月7日まで)だ。MMCA(国立現代美術館)とグッゲンハイムのキュレーターが共同企画した同展は、まず韓国で展観し、アメリカではNYの後にロサンゼルスのハマー美術館に巡回する。
グッゲンハイムの四角いタワー部分を3フロア使った展観なので若干小粒だが80点の作品を紹介する。今では世界的に知られている単色画ではなく、朴政権の独裁下でオルタナティブに展開した「実験美術」に焦点を絞った意欲的な試みだ。
「実験美術」は2000年に金美京(キム・ミギョン)が博士論文で提唱した名称だ。傾向的には日本の現代美術と並行しているが、その始まりは、朝鮮戦争の余波で日本とのタイムラグが10年程あったように思われる。だが、パリ青年ビエンナーレに初参加した71年には、日本ともグローバルとも同時性を獲得している。
圧政下の困難な状況で、実験美術を目指す作家たちは、時には集団―AGグループ(韓国アヴァンギャルド協会)やスペース・タイム(略称ST)、第4集団など―を組み、時には大型展―青年作家連立展、大邱(テグ)の現代美術フェスティバル、ソウル・バイエニアルなど―を自主的に組織しており、60年代美術を専門する私としては非常な関心を持って同展を見た。
それ以上に感心するのは、10月末に刊行予定の同展カタログである。キュレーター二人に加えて、ジョーン・キーなど複数の専門家によるテキストのほかにも、作品解説が図版セクションの適所に入り、さらに重要一次資料の翻訳や、短いながらも内容の濃い作家や集団の略歴も掲載されて、利用価値の高い出版物となっている。
一つ苦言を呈するなら、展示会場で掲示されていたパフォーマンスアートの年譜が非常に分かりやすくまとめられていたので、カタログに入っていないのは残念だった。
ところで、韓国のスゴさは、現代美術関係ではこの1冊だけではなく、すでに2冊の本が出版されていることだ。2020年にファイドン社から出た『Korean Art from 1953』(1953年以後の韓国美術)と2022年に韓国の国立中央博物館が英語と韓国語のそれぞれで出版した『Korean Art 1900-2020』(韓国美術1900~2020年)である。この3冊が、4年の内に出版されたことも驚異で、しかも英語圏の読者のために書き下ろされたテキストが主体になっていることも評価できる。
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