前回のジュディ・シカゴにつづけて、ロサンゼルス(LA)の作家を紹介したい。ちょうど1月13日にMoMAの大回顧展が終わったエド・ルシェである。
耳慣れない名前かもしれないが、最近ではビートルズの最新(最終)曲「ナウ・アンド・ゼン」のCDカバーを担当している。
ルシェの魅力は、タイポグラフィー(文字デザイン)に対する絶妙の感覚を、大きなスケール感でユーモアたっぷりにカンバスの上に展開するところにある。
1937年に生まれたルシェは、LAで商業デザインを学んだ。しばらく広告会社に勤務した後、61年に母と弟を連れてヨーロッパ17カ国を7カ月かけてめぐる大旅行をし、その間に300点ほどの写真を撮影した。その中には看板の写真も多くあり、帰国後にそれらを使って、文字だけにフォーカスしたドローイングを油彩で制作している。
これが油彩カンバスへと展開したのがルシェ様式である。さらに、血や火薬、シェラックやニコチンによる描画も実験している。
言葉の作品は、火薬を使った《Self》のように単純な単語が数多く登場する。根底にあるのは、言葉は「サイズのない世界」に生きているという哲学だった。雑誌のように手に取ってみることのできるサイズもあれば、看板のように超巨大なサイズもありうる。
特に映画会社の20世紀フォックスのロゴの「水平に突き出す力」に瞠目したルシェは、横長の映画スクリーンを模したカンバスに同社のロゴを描き出した。同工異曲で、スタンダード石油のガソリンスタンドのシリーズもある。
この2シリーズで特徴的なのは、ハリウッドや車社会というテーマをとりあげてご当地ポップ的な表現になっていることだ。
ただし、うれしくなるのは、ルシェの視線は世界をポップに見るだけではなく、コンセプチュアルにも見ていることだ。
たとえば、63年の《26のガソリン・ステーション》は、作家の住むLAと、両親の住むオクラホマ・シティの間に点在するガソリン・ステーションの写真を26点まとめたアーティスト・ブックだ。出身地と居住地を結ぶハイウェイを車で走りながらの撮影だから、地面に近いドライバーの視点である。
アメリカの車社会に内在している連続性と反復性を自然体で抽出したところが、ルシェのコンセプチュアリズムとなる。
この視点をLAに適用したのが66年のアコーディオン型のアーティスト・ブック《サンセット・ストリップのすべての建物》だ。
65年の撮影で、この作品のためにルシェはトラックの荷台に35ミリカメラを設置して、自動撮影のできる装置を開発した。
以後もこの装置を使った撮影を130回以上行い、LAという「生きたオーガニズム」の風景を130回以上もドキュメントした。
総数75万枚にのぼる写真アーカイブをゲッティ研究所が2012年に収蔵している。詳細はビデオにまとめられている。
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