1994年より東京藝術大学美術学部デザイン科で教鞭をとる中島千波(同教授、アーティストグループ―風― 会員)。2013年3月をもって同大を退任するにあたり、退任記念展「人物図鑑」が開催される。中島は当代切っての技術と意匠から人気の花鳥画家であるとともに、人物表現の大作を発表し続けてきた。今展は「人物図鑑」と題し、初期の「窓」連作から「衆生」、「形態」、「眠」、「空」、「identity」、「existence」シリーズまで、ライフワークともいえる53作品を一堂に展示。豊田市美術館の天野一夫氏が今展に論を寄せた。
絵画上での身体遊戯
天野一夫
(豊田市美術館チーフキュレーター)
中島千波といえば、桜花や富士山を始めとして、他に静物画や挿絵等々、鑑賞界での人気の日本画家の一人として知られている。
しかしすでに院展には同人になる前に脱会して、その傍らで出品を続けていた横の会(’84-’93)、目展(’96-’10)を主たる発表の場所としていて、さらには今年からは公募展を始めたと聞く。院展も含め、その主要な活動の場には1970年頃の初期を除けば、画家は全て独自の人物画を一貫して出品し続けていて、院展には例えば桜の屏風を出したことは一切無いのである。いわば自らの本来的な絵とは、その人物画であると、画家自ら強く認識しているに相違ない。
その作品は抽象的な連作名が付与されていて、それもほぼ数年でシリーズは転換していっている。激しい喜怒哀楽を鮮やかな色彩で描いた「衆生」や、裸体を色面構成の中に有機的な線描で浮遊させた「形態」、さらには色彩を豊かに安定した構成を見せる「眠り」を経て、「空」、そして自画像を含んだ「identity」、さらに近年では「existence」シリーズを展開してきている。そこでは人体像をモチーフにしての色彩と線描による明瞭なグラフィズムで一貫している。しかしその明快そうな画面には、常に画家の秘められた意味性が在りそうで、決して解けない絵画となっている。むしろそれは画家が初めから意識的に行っていたことなのかも知れない。
画家は初期から中島清之という底抜けの大胆極まりない作風を展開した院展の画家を父に持ちながら、伝統的なものとシュルレアリスムを初めとした西洋の絵画思潮の影響を同時に受け、引き裂かれながらもむしろある調和点の中で描き始めている。その中で、「色合いの叙情だけで、内容は無視していたり、人の目を引き付ける作意として使っている」とかつて述べていたように醒めた感覚を身につけているのだ。
「草の主」(’71)は初期の代表作だが、それは死者であり、そこにベトナム戦争をはじめとした社会事象を読み取ることも可能だろう。しかしそのレイヤー状に重なった奥行きの中、画面の中に深くその人の生の相貌は隠れていて見えない。その後の「形態」シリーズなどでも同様だ。裸体になったとしても、その人物に個別の内的感情は見られない。むしろそれは画面上のひとつの表象形体として存在しているばかりである。
絵は絵解きで終わっていない。最新のシリーズでは文字の骨格を導入しているというが、だからと言って絵画は文字通りの意味内容を伝え切っているとは限らない。それで終始するのではなく、常に意味性をすり抜け、絵の装飾性を発揮しながら、装飾空間に紛れようとする。千波画はそのような装飾的な技法の支えをもって、常に自分のメッセージさえも秘めて、絵画上で遊戯しようとする場なのではないか。その意味では、伝統性を保持した新たなグラフィズムなのである。
そのような中島が東京藝術大学デザイン科を退官するに合わせて初期作品からの久々の大きな回顧的展示をするという。地の装飾空間に対してその上に描かれた身体はどのような変遷を辿っているか?動きは減少している。浮遊は止まり、眠り、そして近作では、その亀裂の入ったような地に対して、身体は沿い、一体となって構成素材のひとつとして機能し画面に形体として奉仕しているのがわかる。
身体と地の空間とは常に寄り添い展開してきた。その関係は一つの画家じたいのドラマなのであろうか?とするなら、そこにはかつての浮遊状態からどこに行こうとしているのであろうか?その見えない先を会場で感じられるだろうか?
【会期】 2012年11月15日(木)~12月2日(日)
【会場】 東京藝術大学大学美術館(東京都台東区上野公園12-8)
☎03-5777-8600
【休館】 月曜 【開館時間】 10:00~17:00(入館は閉館30分前まで)
【料金】 無料
【関連リンク】 東京藝術大学大学美術館 公式ホームページ
作家によるギャラリートーク
11月17日(土)、11月25日(日)、12月2日(日)
いずれも14:00~
【会場】 展覧会場
※「新美術新聞」本紙では、中島千波氏のロングインタビューを掲載しています。
「新美術新聞」2012年11月11日号(第1296号)5面より