芸術の都パリは、19世紀末から日本人洋画家にとって“聖地”だった。いつかは訪れ、本場の泰西名画や最新の美術に触れてみたい、という強い憧れ。本展は、浅井忠、坂本繁二郎、藤田嗣治、佐伯祐三など1900年以降にパリに留学した洋画家にスポットを当て、彼らがパリで描いた作品から日本人洋画家にとってのパリの意味を考える企画。
画家に成りきることを支えた「パリ」
貝塚健 (ブリヂストン美術館学芸課課長)
いつもは大阪市立近代美術館建設準備室の収蔵庫に保管されている《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》と、石橋財団ブリヂストン美術館が所蔵する《テラスの広告》が久しぶりにならぶ。この2作品は、佐伯祐三が同じカフェのテラスを描いたものだ。パリ、モンパルナスのポール・ロワイヤル大通り付近のカフェテラスだと考えられている。《テラスの広告》の画面には、「1927年11月27日」という日付が書き込まれている。この頃、佐伯は一日にほぼ一作品という驚異的なペースで制作していた。友人たちに自分は30歳で死ぬと公言し、実際にそのとおり翌年8月16日に享年30で亡くなる佐伯が、この時期、どの程度まで深刻に自分の死を意識していたか分からない。だが、その鬼気迫る制作ぶりと残された画面にはだれでもが慄然とさせられる。死に急かされていたかのようなのだ。
このカフェテラスに、佐伯はこだわった。少なくとも4作品が描かれている。そのうち1点は、写真図版が伝わるものの、戦災で焼失してしまった。これら4点は、日を置かず、立て続けに描かれたものだろう。佐伯は、リュ・デュ・シャトーの靴屋、マント・ラ・ジョリのノートルダム聖堂、ヴィリエ=シュル=モランの教会など、気に入ったモチーフを繰り返す特徴があった。このカフェもその代表といえる。1927年11月の豊かなヴァリエーションを奏でる連作である。おそらく《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》が最初に描かれたものだろう。ついで日を改めて、《テラスの広告》が描かれたと推定される。前者の右手前には、六角形の天板を持つテーブルが描かれている。同じテーブルが後者にも描かれているのだが、天板は丸く省略されている。いわば前者のほうがより写実的に、説明的に描かれているのである。佐伯は二作目のほうを、一作目を踏まえてより実験的に試みたのだろう。テラスをやや俯瞰気味にとらえ、視点を右にずらして、背後のポスターが貼られた壁面をよりクローズアップさせて描いている。画面全体が平面的に構成されているのである。前月に佐伯は「広告シリーズ」を集中的に描いた。その残響をこの《テラスの広告》に見ることもできる。
パリは佐伯に豊かな題材を与えてくれた。そのただ中で、味わい尽くすように佐伯はパリを歩き回り、街のすみずみを嗅ぎ回った。その中から自分をもっとも忠実に表現できるモチーフをつかみとっていく。激しい筆づかいには、日本や東洋の書や禅画との関連も指摘されてきたし、鮮やかな色彩には、生家の浄土真宗の寺院で感じとっていたはずの、荘厳の法悦を見ることができるかもしれない。パリは単に西洋美術を教えてくれるだけではなく、佐伯に自分の出自を確認させ、画家となりきることを支えてくれたのである。
【会期】 2013年3月23日(土)~6月9日(日)
【会場】 ブリヂストン美術館 (東京都中央区京橋1-10-1)☎03-5777-8600
【休館】 月曜、4月21日(日)、祝日のときは開館
【開館時間】 10:00~18:00(金曜のみ20:00まで、入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般800円 シニア(65歳以上)600円 大学・高校生500円 中学生以下無料
【関連リンク】 ブリヂストン美術館
「新美術新聞」2013年4月11日号(第1309号)1面より
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締切 4月25日必着
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