戦後に次々と起こった美術界の新たな潮流に流されることなく、また、団体に属して名利を求めることなどからも遠く身を置き、ただひたすらに自らの信じる絵画世界を追い求めた洋画家・牧野邦夫(1925-86)。生涯にわたりレンブラントを敬愛し、その画境にたどり着くことを目指してキャンバスに向かい続けたその画業をひも解く回顧展「牧野邦夫―写実の精髄」が練馬区立美術館で開催中だ。
大正末に東京・幡ヶ谷に生まれた牧野は、17歳のとき出合ったファン・ゴッホやレンブラントの絵に強い衝撃を受けて画家の道を志す。東京芸術学校油画科では洋画家・伊原宇三郎の教えを受け、学徒出陣での戦争体験を経て1948年に同校油画科を卒業。その後も恩師の「1日12時間以上描かなければ歴史に残る画家にはなれない」という教えを守り通そうとし、その生涯で制作した油彩画の数は優に700点近くになると考えられている。
生前に数年間隔で個展を開くだけだった牧野の知名度は決して高いものではなかったが、それは牧野が名声を求めることよりも自分が納得できる作品を遺すことに全力を傾注した結果であると言えるだろう。戦後、アンフォルメルやネオ・ダダなどの前衛芸術の嵐が吹き荒れる当時の芸術界にあって、アカデミックな技法にこだわり続けた牧野は、細密な写実技法を駆使した自画像や静物画、裸婦などを描きながら、50年代末から次第にそれらを幻想的な光景の内へと投入し写実性と幻想性が混在した夢想的な作風へと移り変わっていく。重く、苦しい物語に傾斜した濃密なその画面は、自らの中に生きる古典絵画の巨匠たちとだけ対話し、彼らを超越しようともがき続けた牧野の苦悩と葛藤をありありと伝えてくれるはずだ。
本展では、ヨーロッパ絵画の古典的技法に立脚しながら、日本の土俗的なメンタリティーに寄り添ったテーマをモチーフとした75年の「海と戦さ(平家物語より)」や、50の頃より描き始め、ついに完成をみることのなかった「未完成の塔」など、1986年61歳で逝去した牧野の30余年にわたる画業から生み出された珠玉の作品約120点が展示される。本展の開催を機会に調査が進められ、発見された謎多き若い時代の作品など、未知の牧野の姿を知ることが出来るのもファンにとっては嬉しい限り。孤独な自己と向き合い、一心に描き続けた牧野邦夫の”写実と幻想”の世界をぜひその目で味わってほしい。
【会期】 2013年4月14日(日)~6月2日(日)
【会場】 練馬区立美術館 (東京都練馬区貫井1-36-16)
☎03-3577-1821
【休館】 月曜日、ただし4月29日(月曜・祝)、5月6日(月曜・祝)は開館、翌日休館
【開館時間】 10:00~18:00 (入館は17:30まで)
【料金】 一般500円 高・大学生および65~74歳300円、中学生以下および75歳以上無料
【イベント情報】
ギャラリー・トーク「ゲストによるスペシャルトーク、牧野邦夫へのまなざし」
5月4日(土)15:00~ ゲスト:諏訪敦(画家)
5月18日(土)15:00~ ゲスト:石黒賢一郎(画家)
6月1日(土)15:00~ ゲスト:山下裕二(明治学院大学教授)
ナビゲーター:野地耕一郎(当館主任学芸員)
※要展覧会チケット
「ハッピーバースデイ・コンサート、牧野邦夫が愛したギター曲」
【日時】 5月25日(土) 15:00~16:00
【会場】 同館中央ロビー
【演奏】 三澤勝弘(フラメンコギター)