鮮やかな色彩、迫真の描写。地上には存在しない“夢想”の情景を描く北久美子(大阪生まれ、二紀会委員、女流画家協会委員、大阪芸術大学教授)。初期作から第33回安井賞受賞作、そして近作までを網羅する待望の回顧展が開かれる。北野カルチュラルセンター10周年記念事業。
シャープな息遣いの秘密 宝木範義 (美術評論家)
北さんが描く、色鮮やかな草花の中に悠々と遊ぶ孔雀は、はるかな楽園の夢を映しだす。しかも写真のようにリアルな描写は、その世界が私たちと眼と鼻の先、手の届くところにある。そんな印象さえ与える。
北さんの美意識は、細密な描写の上に立って、装飾性の豊かな魅力を展開することで、具象絵画が昔から持っていた、描くこと、見ることの喜びを、現代にとり戻すことにあると、筆者は受けとめている。
日本の近代洋画は高橋由一いらい、マチエールにこだわって、とかく暗くにごった色調を、精神性の反映と誤解してきたきらいがあった。しかし北さんのカンヴァスが発散するシャープな息遣いは、まぎれもなく今日の感覚であり、ひいては洋画の明日の可能性をも告げているだろう。
つい先日のこと、北さんと今度の展覧会について電話でちょっと話した。北さんとは古い付きあいだが、今まで絵のことを面と向かって話したことはない。しかしこの時は昔ばなしから、たまたまそんななりゆきになった。
北さんは1990年に第33回安井賞を受賞して、画家としての地盤を固めたが、この年は彼女にとって大事な行事がほかにも山積していた。文化庁の在外研究員に選ばれてスコットランドの古城で暮らしたのも同年のことである。ここまではその頃から聞いて知っていた。だが先日は、たまたまその後に話が及んだ。北さんは古城に暮らした毎日、周囲に掛かっているいかにも英国貴族の重々しい油絵にうんざりし、自分が描こうとしているのは、こういう絵ではないと確信した。その結果、帰国後は意識的に屏風絵や琳派などを鑑賞することで、自分の油絵の新しい方向性と表現を模索したのだという。
電話での短いやりとりだったから、筆者の解釈も加わっての伝聞としていただきたいが、スコットランドから帰った北さんが、英国風景を描く画家とはならず、洋画家でありながら、日本人の感覚を消化した装飾性を課題としている理由が、幾分のみこめた思いがした。
近作においては、この装飾性の華麗さとともに、一抹の孤独の影とでも言うか、旧約聖書の「伝道の書」を借りれば、「Vanitas Vanitatum(空の空たる)」を想わせる余韻も加わって、さらに味わいが繊細に微妙に増しているのが見逃せない。
今回の展覧会は、北さんが鋭い現代感覚を披瀝した「私風景」や「国際青年美術家展」など70年代から現在にいたる主要作品を網羅し、彼女の足跡をたどることができる貴重な機会となるものと思っている。
【会期】 2013年5月3日(金)~26日(日)
【会場】 北野カルチュラルセンター(長野県長野市西後町1603)☎026―235―4111
【休館】 5月7日(火)、13日(月)、20日(月)
【開館時間】 10:00~18:00(最終日のみ16:00まで)
【料金】 大人500円 大学・高校生300円 中学生以下無料
【関連リンク】 北野カルチュラルセンター
「新美術新聞」2013年5月1・11日号(第1311号)1面より