七彩に輝く海の画家~藤本東一良のプリズム
安井収蔵(美術評論家)
ことしは南欧の海を描く洋画家、藤本東一良の生誕百年、没後十五年に当たる。伊豆下田に生まれ、大阪育ち。代々、播州赤穂で回船業を営む家柄。伯父、平井正年は今尾景年の弟子。港町で少年時代を過ごし、四季に輝く瀬戸内の陽光、恵まれた家系、環境。成人し上京、アカデミズムの寺内萬冶郎の知遇を得、東京美術学校に入学、藤島武二から厳しい素描を学び、海洋画家への道を選んだ。
美校一年生で、日本の委任統治地、南洋群島に写生旅行。ゴーギャンが南国の強い太陽と紺碧の海に憧れたロマンにも似る。海の画家への出発であった。瀬戸内とはいえ湿度の高い日本列島とは異なり、太陽と海の透明度、光と影に強くとらわれ、海洋画を制作、自ら南洋美術協会を設立するなど活躍した。敗戦後の早い時期、1954年パリに渡った。
当時のパリ画壇はサロン・ド・メなど新具象、抽象が全盛。藤本自身も新傾向に多分に傾いたが、南仏の陽光を求め、カーニュ、サントロペ、ニース、カンヌ、マルセイユなど主題をコート・ダジュールに求めた。その瀬戸内的楽天性と、キュビスムに近い明快な造形のもと、少年時代からの視覚、瀬戸内の松の緑、蜜柑山のオレンジを忘れなかった。
画家はそれぞれに、プリズムを持つ。藤本のプリズムは、初めての渡仏で得た抽象から抜け出し、現場での写生に精魂を込めた。他方、瀬戸内育ちの明快な複合的色彩を作品に塗りこめた。セーヌ河のヨット、ニース、カンヌなどの海景は魅惑に満ちた〈藤本海景画〉の特色である。単なる南欧を描く画家ではない。一方、日本の風景、桜島シリーズなど名作。祇園の舞妓も描く多彩なレパートリーの広がりを持つ。
藤本は写生旅行に、コンパスや、湿度計などを持ち歩き、雲の気配、雨を予想し、現場に三脚を置いて、かつての印象派のように天気の移ろいをスケッチブックに写した。その主題をとらえようと北仏のノルマンディに、しばしば足を伸ばし、雲、霧、霞などを描いた。それは四季の移ろいに大気の変化を描くのは、この作家が東洋画にただならぬ関心を示していたからだろう。
「良き時代の画家」であった。この良き時代とは「万事に恵まれた」の意味ではなく、速乾性の絵の具も無く、まして、デジタルというカメラも無かった。すべて頼りになるのは己自身の眼であり、スケッチブックに印象を託し、ひたすら描き続けることであった。画家の感動は作品を見る側の感動である。今日の画家には、藤本からあまりにも勉強するところが多い。遺された小品から80号にいたる40余点を展示。
【会期】 2013年6月21日(金)~7月3日(水)
【会場】 日動画廊(東京都中央区銀座5-3-16)☎03―3571-2553
【休廊】 日曜
【開廊時間】 10:00~19:00(土曜のみ11:00~18:00)
【料金】 無料
【関連リンク】 日動画廊
「新美術新聞」2013年6月21日号(第1315号)1面より