新しい視点のために
水沢 勉 (神奈川県立近代美術館館長)
本展は、1940年代の日本の美術を考えるためのひとつの足がかりとして企画されたものです。従来、1945年という、太平洋まで戦場が拡大した、近代日本が経験した最大規模の近代戦の終結の年、それは、二度の原爆投下という破局を経て、ポツダム宣言の無条件降伏を受け入れる、敗戦の年でもあったのですが、その年で区切られてしまうことの多かった時代を、その前後の1930年代と1950年代の一部をプロローグ、エピローグとして含みつつ展示しようという試みです。神奈川県立近代美術館の葉山館開館10年という周年を記念する事業です。
当然のこととはいえ、この時代を丸ごと、芸術のジャンルを総覧しながら、網羅することは不可能ですので、今回は、あくまでひとつの提案として、絵画(それも油彩画)を中心に展示いたします。彫刻、写真、デザイン、建築についても、今後、同様のアプローチを続けていく必要があると考えています。約200点の作品のほかに、印刷やデザインと写真の水準を示す一例として、その被写体の時代性も含めて雑誌『NIPPON』など同時期に出版された雑誌や書籍などの資料を展示いたします。
なにが描かれるべきなのか
神奈川県立近代美術館は、1940年代が一区切りを終えた、1951年に、鎌倉の鶴岡八幡宮の境内に誕生しました。まさにこの時代を文化的背景に持つ美術館であるのです。当然、その後の美術館活動の多くのエネルギーが、この時代の検証に注がれました。それは直接には展覧会に結実し、同時にコレクションとして、あるいは、情報や資料として美術館に蓄積されることになりました。まだまだそれらを十分に咀嚼し切れてはいませんが、当館のコレクションとなっている1940年代の重要作品は、すべて並べ、モダニズムのひとつの到達点として1940年代の美術を眺めてみたいと考えました。
戦争に主題として関わるものを広い意味での戦争画と呼ぶならば、反戦の意味合いを込めた丸木位里・丸木俊夫妻の戦後の代表作である《原爆の図》シリーズも、藤田嗣治らの作戦記録画を、非対称的に補完する、もうひとつの「戦争画」であったといってもよいでしょう。その時代には、すべてはなんらかのかたちで「戦争」という文脈に置かれていたと言い換えられるかもしれません。本展が美術展であると同時に、それが「戦争」と不可分であったことを示すために、「/美術」と付されているのもそのためです。
その時代の表現の多様性や成熟度は看過することはできません。藤田にとっても、日本画家・山口蓬春にとっても、戦争画は、かれらの画業のひとつの頂点であったのです。しかし、それら圧倒的な記念碑性は、「/美術」という枠組みのなかで、なにが描かれるべきなのかという問いも必ず随伴させずにおかない時代の産物であったのであり、その問いへの答えを、わたしたちがいま一人ひとり当時の作品をまえにどのように発見するのか、そこにこそ本展の意図は隠されているのです。
【会期】 2013年7月6日(土)~10月14日(月・祝)
【会場】 神奈川県立近代美術館 葉山(神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1) ※アクセス
☎046-875-2800
【開館時間】 9:30~17:00 (入館は16:30まで)
【休館】 月曜、ただし7月15日(月・祝)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)、10月14日(月・祝)は開館
【料金】 一般1,000円 20歳未満・学生850円 65歳以上500円 高校生100円
【関連リンク】 神奈川県立近代美術館 葉山
【イベント情報】
県立機関活用講座「戦争/美術」(全5回・各回14:00~16:00)
【会場】 神奈川県立近代美術館 葉山 講堂
【定員】 各回70名(申込先着順受付)
【受講料】 各回1,000円(任意の回数で申込可)
〈第1回〉7月27日(土) 講師:椹木野衣氏(美術批評家、多摩美術大学教授)
〈第2回〉8月10日(土) 講師:古川隆久氏(日本大学文理学部教授)
〈第3回〉8月24日(土) 講師:小沢節子氏(近現代史研究者)
〈第4回〉8月31日(土) 講師:光田由里氏(美術評論家)
〈第5回〉9月7日(土) 講師:坪井秀人氏(名古屋大学大学院文学研究科教授)
学芸員によるギャラリートーク
【日時】 8月11日(日)・9月8日(日) 14:00~14:30
※申込不要、無料(ただし「戦争/美術 1940-1950」展覧会券が必要)
葉山館開館10周年記念座談会「これからの美術館」
ゲスト・・・福原義春氏(東京都写真美術館長)・草薙奈津子氏(平塚市美術館長)
聞き手・・・水沢勉氏(神奈川県立近代美術館長)
【日時】 10月13日(日)14:00~16:00
【会場】 神奈川県立近代美術館 葉山 講堂
【定員】 70名(申込先着順)
【参加費】 無料
「新美術新聞」2013年7月1日号(第1316号)1面より