福士雄也(静岡県立美術館学芸員)
世界文化遺産としての富士山の正式名称は、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」という。信仰と芸術という二つの要素との深い関わりに、大きな文化的意義が認められたのである。
富士山はいにしえより信仰の対象とされてきた。そのことを象徴的に示すのが、元信印《富士参詣曼荼羅図》である。湧玉池で水垢離をする人々や、松明を手に山頂を目指す人々など、当時の信仰のありようがうかがわれて興味深い。山頂には阿弥陀如来を中心とする三尊が描かれ、富士山がまさに信仰の対象であることがシンボリックに示されている。
富士山が描かれた作品だけで展覧会が成立するということ自体、富士山と芸術とが密接に結び付いていることの証であるが、本展では特に「三保松原」と「白糸ノ滝」を展示の主要な柱としている。両者とも、静岡県の景勝地として名高いだけでなく、富士山と一体となってその文化的価値を構成するものとして、二十五ある構成資産のなかに含まれているからだ。三保松原が構成資産からの除外勧告を受けながら、晴れて登録なったことは記憶に新しいところだろう。
三保松原は早くから富士山とともに描かれてきたが、屏風作品としては《富士三保松原図屏風》が現存最古の作品である。この作品の三保松原をよく見ると、先端に一本だけ離れて生える松が描かれている。これは、明らかに羽衣の松をあらわしたものだ。たんに美しい景観というだけでなく、羽衣伝説の記憶も宿しつつ描かれているところに、まさに文化的景観としての価値を見出すことができる。
一方、白糸ノ滝は富士山信仰において重要な場所であるのだが、絵画のメインモチーフになるのは意外にも遅く、十八世紀になってからのようだ。その立役者である池大雅は、三度の登頂を果たすほど富士山には深い思い入れを抱いていた。大雅の衣鉢を継いだ青木夙夜も、師に負けず劣らず魅力的な富士山図を描いている。《富士白糸滝図》は当時から人気のあった大雅作品を写したものだが、群青や緑青をふんだんに用いた着彩は初夏の明るい雰囲気に溢れ、夙夜自身の創意が加味されている。こうした主題の継承を通じて、白糸ノ滝も富士山絵画の定番としてその座を不動のものにしていく様相が見て取れる。
八十件の絵画作品を通して、富士山と信仰、富士山と芸術の深い関わりをたどる。本展が、富士山のもつ文化的意義を見つめ直す機会となり、その保全にいっそうの関心が向けられることを期待したい。
【会期】 9月7日(土)~10月20日(日)
【会場】 静岡県立美術館(静岡県駿河区谷田53-2)☎054-263-5755
【休館】月曜ただし9月16日、23日、10月14日は開館、翌日休館
【開館時間】 10:00~17:30(入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般600円 70歳以上300円 大学生以下無料
【関連リンク】 静岡県立美術館
特別講演会「世界遺産としての富士山―外国人の見聞を中心に―」
【日時】 9月15日(日) 14:00~15:30
【講師】 芳賀 徹(静岡県立美術館館長)
【料金】 無料
※申込み不要、先着250名。
「新美術新聞」2013年9月11日号(第1322号)第1面より