都市・江戸東京の歴史が凝縮された絵画展
我妻直美(江戸東京博物館学芸員)
日本橋が初めて架けられたのは慶長8年(1603)とされており、既に400年以上たっている。江戸時代から、明治、大正、昭和と、まさに江戸東京の歴史と共に歩んできた橋とも言える。そしてそれと同時に、それぞれの時代にたくさんの絵が描かれてきた。
本展は、ひとつひとつの日本橋の絵をご覧いただくと同時に、この長きに渡って描き継がれてきた、日本橋という同じ場所の絵を眺める面白さを味わっていただく企画である。日本橋を描いた絵を眺めていると、橋の素材や形の変化に加えて、その時代の人びとが求めていた理想の日本橋の姿というものや、当時の人びとの耳目を集めた社会的な事象など、様ざまな文化や歴史の変化が読み取れてとても面白い。
例えば、歌川広重の「名所江戸百景 日本橋雪晴」のように、権威の象徴である江戸城と日本一の富士山を背景に、江戸の経済力と活気に満ちた魚河岸と一緒に描かれる日本橋は、まさに都市江戸の繁栄を象徴する光景となり、人気の名所絵となった。そして明治維新を迎えると、人力車旗揚げの場所に選ばれた日本橋は、人力車をはじめとする最新の乗り物とともに描かれていき、文明開化を象徴する場所となる。また明治44年(1911)に日本橋が石造の橋に架け替えられてからは、橋そのものが、近代都市東京の風景を彩るひとつのアクセントとして注目を集める。小泉癸巳男(こいずみ・きしお)の祝日を画題とした作品では、より明るく華やかな都市風景の中心に、日本橋がすっきりと浮かび上がっている。
日本橋の絵が、このように変化に富んでいて見るものを飽きさせないのは、日本橋が、江戸東京という都市の中心地にあるということに他ならない。自然の景観を愛でる風光明媚(ふうこうめいび)な名所ではなく、常に時代の最先端を行き、たくさんの人間と物資と情報が行き交う都市の中心地の名所であったからこそ、備わった魅力である。
今回の展覧会ではさらに、日本橋が、隅田川上流へ向かう舟遊山(ふなゆさん)の出発地であったことを伝えてくれる、日本橋
川と隅田川をひとつながりに描いた約10メートルの絵巻、「隅田川風物図巻」を全画面展示する。裏からの照明も工夫して、この絵巻の〈影からくり絵〉としての楽しみも再現する。昨年、日本橋からの舟行(しゅうこう)が始まった際に注目を集めた絵巻で、描かれた内容も繊細な細工も、他に類を見ない作品である。また日本橋に対する理解を深めていただくために、日本橋に関わる歴史資料や時代を象徴するような歴史資料も合わせて展示する。
出品数は約130件、いずれも江戸東京博物館の所蔵品である。日本橋の絵を楽しむと同時に、江戸東京という日本一の都市の歴史も味わっていただければ幸いである。
【会期】2012年5月26日(土)~7月16日(月・祝)
【会場】江戸東京博物館(東京都墨田区横綱1-4-1)
☎03-3626-9974 【休館】 月曜、ただし7月16日開館
【開館時間】 9:30~17:30(土曜のみ19:30まで、入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1000円 大学生・専門学校生800円 小中高生・65歳以上500円
【関連リンク】 www.asahi.com/event/nihonbashi400
「新美術新聞」2012年5月21日号(第1280号)1面より