見直すべき花鳥画の存在
草薙奈津子(平塚市美術館館長・美術評論家)
過日、三越の倉庫で牧進展の出品画を見せてもらった。そんなに変わり映えのするものではない、というのが第一印象であった。それはモチーフと言い、色彩の傾向といい、従来の牧進調が鮮明であったからである。川端龍子のもとで15年近い内弟子生活を送った牧進の作風に龍子のような大らかさはない。しかし15年で身に着けた技術と緻密さは多くの作家を圧倒する。
4曲1隻屏風「麗日遊鱗」は、水に遊ぶ鯉と、水面を覆う黄色い山吹を描いたもの。6匹の鯉はどれも写実的にきっちりと描かれ、文句のつけようがない。爛漫と咲く山吹と、そこに遊ぶ紋白蝶がいかにも春の長閑さを伝える。
この作家にしては珍しいかなり横長の2面の額、「春麗」「秀麗」は藤に菖蒲と、紅葉に桔梗を描いたもの。背景には光悦寺垣と大和絵風の流水が流れる。写実的でありながら、たっぷりと金泥や群青を使い装飾的でもある描法は、この作家の得意とするところであり、また誰にでも理解され、愛されるであろう。夏の芙蓉を描いた「凉し」、黄色い菖蒲を描いた「簾越し」のフリーハンドで描かれた簾を見ると、もうこういう描き方のできる日本画家は少なくなってしまったのでは、と改めて牧進の技術力の高さに舌を巻く。
枯蘆と雪の積る水辺の大小の石ころを描く「歳旦」はよく見ると石の中に隠れるように白鷲が描かれていて、牧さんにはこういう諧謔性があるのだと、面白く感じた。
私が一番興味をひかれたのは梟を描いた2点の作品。
1点は大樹の幹に佇む2羽の蝦夷梟を描いたもの。厳しい冬の寒さの中、2羽が寄り添うようにして、そこはかとなく暖かさを感じさせる。もう一点は一面雪の中、細い1本の樹木の枯れ枝に止まる梟、もう1羽は雪上でジット佇む。極力省略した背景と鋭い眼差しの2羽の梟は何を思っているのだろうか。
どちらかというと美しいものをより美しく描く傾向のある牧の作品の中で異彩を放っている。単に美しいだけではない表現が大事なのである。
その一方で、皇居お堀の石垣を背景とする蓮を描く「慈雨の雨」や秋の七草や水中の鯉を描く「七草鱗」、雪中の真っ赤な椿に目白を描いた「雪化粧」、猫じゃらしなど雑草の中で楽しげにする雀を描く「道辺」などを見ていると、私自身が、だんだん植物や鳥の名前を忘れていっていると思い、何か日本人ではなくなっていくようで、寂しいし、これではいけないと思った。
牧作品に全面的に共感を覚えるわけではない。しかし日本伝統の花鳥画の存在をもう一度見直す必要があると思わせてくれたのが牧進の作品群であった。
【会期】 10月16日(水)~22日(火)
【会場】 日本橋三越本店 本館6階美術特選画廊(東京都中央区日本橋室町1‐4‐1)☎03‐3241‐3311
【休廊】無休
【料金】無料
【巡回】 10月30日(水)~11月5日(火) JR大阪三越伊勢丹6階美術画廊
「新美術新聞」2013年10月11日号(第1325号) 1面より