静謐なる日常を描く画家・寺井力三郎
江口健(公益財団法人サトエ記念21世紀美術館主任学芸員)
現在、サトエ記念21世紀美術館では『寺井力三郎展~静謐なる日常の彼方に~』を開催している。本展は画家・寺井力三郎の学生時代から近作まで油彩画の代表作を中心に100余点を一堂に集め、60年以上にも及ぶ画業を回顧する展覧会となっている。
寺井は1930年、東京・上野桜木町に生まれる。後に芸術家としての礎を築くことになる東京藝術大学の敷地を生家の2階から望める同地で幼少期を過ごした少年は、恵まれた文化環境の中、極めて自然な成り行きとして芸術家を志すようになった。一方で、戦時中を含めた戦前の上野近辺の活況を想像すると、都会の中心地は少年に現代性を強く意識させる環境であったとも言える。
芸大入学前後に描いた油彩作品は、いずれも軽やかな色彩と筆致で、穏やかにして眩い避暑地の光景を記憶している。多感な青年期に描いた作品としては爽快な軽妙さを孕み、その「軽やかさ」が現在まで寺井作品に通底する魅力と言えるだろう。また、在学中に視点や発想の転換により日常の中に眠る新鮮な構図を見出すことの大切さを経験し、以降、貪欲に人々が見落としている構図や題材を探求し続けていく。
大学から離れ、画家として歩み始めた1960年代には抽象の洗礼を受け、半抽象的な画風の作品を描く。1970年頃から具象的な表現へと推移し、次第に点描技法が表れ、現在に至る。柔らかで朧気な空気感は微妙な揺らぎを伴い、日常の「光景」を「情景」へと昇華させ、単なる写実とは異なる、記憶の片隅を刺激するような作品となっている。
他方において、寺井はポップアートの影響を否定しない。コカコーラの瓶やキャンベルスープの缶詰と同様に、当時の日本においても大量消費される商品や光景 - 自動車、飛行機、電車、そしてテレビのアンテナや変電所の鉄塔など、多くの芸術家が殆ど取り上げることの無かった題材に挑み続けてきた。ありふれたモノであるからこそ無機質なイメージとなる反面、誰もが知っているモノでもあるために観る者は千差万別のイメージを宿す。元来、乗物や機械への固執的な興味の赴くままに描かれた作品は、特別なメッセージを鑑賞者に強要せず、モダニズム的な軽やかさと独自のユーモアが漂う現代性を感じさせる。
寺井作品に登場する人物は芳子夫人を中心に息子、孫など家族が多い。特別な瞬間や光景を題材にするだけではなく、暮らしの中に息づき、空気のように不可欠な現実を自然体に眺め続けることで、姿を現した日常の中の非日常を描く。あたりまえな生活の中で捉えられた、静謐にして軽やかな日常が寺井力三郎の芸術世界には拡がっている。
【会期】 2013年9月28日(土)~2014年2月23日(日)
【会場】 サトエ記念21世紀美術館(埼玉県加須市水深大立野2067)☎0480―66―3806
【休館】 月曜、12月24日~1月10日、月曜が祝日のとき翌日休館
【開館時間】 10:00~17:00
【料金】 一般900円 大・高生700円 小・中学生600円
【関連リンク】 サトエ記念21世紀美術館
ミュージアムコンサート「青山忠マンドリンアンサンブル」
【日時】 2013年11月24日(日) 14:00~
【会場】 同館エントランスホール
【料金】 要展覧会入場券
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