革新的な表現 誕生までの軌跡
小林明子(東京都美術館学芸員)
イギリスを代表する画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)は、自由闊達な筆遣いで、自然風景をダイナミックに描いた画家として名高い。印象派や現代美術を思わせるその独特の絵画表現は、古典美術を基礎としながら、風景画に特化した創作活動と、新たな色彩表現を探求するなかで形成された。この秋、東京都美術館で開催する「ターナー展」は、ターナー作品の世界最大のコレクション誇るテート美術館の所蔵作品を通して、英国巨匠の偉大なる画業を一望する。
1775年にロンドンに生まれたターナーは、14歳という若さでロイヤル・アカデミーへの入学を許可され、伝統的な美術教育を受ける。一方で、歴史画や神話画に比べて下位のジャンルとみなされていた風景画をより知的な芸術に高めるべく、いわゆる「ピクチャレスクな(画趣に富む)」光景を求めてヨーロッパ各地を旅し、起伏に富む自然や海の風景を主題とする絵画制作に傾倒していった。1819年の最初のイタリア旅行を機に描かれた《ヴァティカンから望むローマ》においては、遠近法を駆使したのびやかな空間に、ローマの景観や古典的な美術作品が描かれ、旅の成果が披露されている。
18世紀のイギリスでは、産業革命により水彩絵具の質が飛躍的に改善され、さらには市民階級の人々による需要が増したことにより、水彩画が興隆をみた。ターナーもまた生涯にわたり水彩画を描き続け、淡い色彩の滲みや広がりを特徴とする水彩画をくり返し描くなかで、色彩表現の可能性を追求していった。本展においては、油彩画の習作として制作された完成度の高い作品から、実験的な試みを生々しく伝えるような紙片まで、さまざまな段階の水彩画を紹介する。
晩年に向かうにつれ、ターナーの作品は、形態を識別し難い、鮮烈な絵具の広がりが画面を支配するようになる。《湖に沈む夕陽》においては、輪郭線や対象の形はもはや判然とせず、しかしながら鮮やかな色彩と、大胆かつ繊細な筆致によって、思わず目をつむりたくなるような、まぶしい光が再現されている。白色を多用し、ペインティングナイフで絵具を盛り上げるなど、ターナーの尖鋭的な絵具の扱いは、当時の批評家たちに厳しく揶揄された。しかしながらターナーは批判に屈することなく独自のスタイルを貫き、新しい表現を切り開いていったのである。
本展ではこのほか、旅に持参したスケッチブックや愛用の絵具箱を展示する。ターナー作品の変遷と革新的な表現が誕生するまでの軌跡をたどる絶好の機会となるだろう。
【会期】 2013年10月8日(火)~12月18日(水)
【会場】 東京都美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園8-36)☎03-5777-8600
【休室】 月曜ただし10月14日、11月4日、12月16日は開室、10月15日、11月5日は閉室
【開室時間】 9:30~17:30(金曜と10月31日・11月2日・11月3日は20:00まで、入室は閉室30分前まで)
【料金】 一般1600円 学生1300円 高校生800円 65歳以上1000円
【巡回】 2014年1月11日(土)~4月6日(日) 神戸市立博物館
【関連リンク】 東京都美術館
「新美術新聞」2013年10月21日号(第1326号)1面より