【上野】 佐藤一郎 退任記念展

2013年12月25日 14:05 カテゴリ:最新の展覧会情報

 

「山越のぬい」 吉田勝彦蔵 1974年(左) / 「那智大滝」 作家蔵 1994年(中) / 「自画像」 1965年(右)

 

画家であり、絵画材料・絵画技術の研究者でもある東京藝術大学(美術学部 絵画科 油画技法材料)の佐藤一郎教授が定年を迎え、退任記念展が開催される。

 

佐藤は宮城県古川市に生まれ、1970年に東京藝大油画専攻を卒業し、73年ドイツ学術交流会(DAAD)留学生として西独・ハンブルグ美術大学に留学、ウィーン幻想リアリズムの巨匠ルドルフ・ハウズナーの教えを受けた(76年末帰国)。留学直後に出合った『マックス・デルナー:絵画技術体系』を80年に翻訳出版、翌81年4月に東京藝大油画技法材料研究室の常勤講師となり、以来、絵画技術・絵画材料の実技指導、調査研究を行ない、多くの入門書、技法書を著した。

 

また、産学協同の油絵具「油一」の開発、地方公共団体との連携活動など、社会と美術の関わりにも取り組んだ。近年は、アフガニスタンのバーミヤン仏教壁画、新疆ウイグル自治区のキジル仏教壁画の調査研究にも力を注いでいる。

 

本展は、幼少期から現在に至る画業の全貌を追いながら、教育者・研究者としての側面も紹介し、会場を構成する。

 

【会期】 2014年1月6日(月)~19日(日)

【会場】 東京藝術大学大学美術館3階(東京都台東区上野公園12-8) ☎03-5777-8600

【休館】 会期中無休

【料金】 無料

【関連リンク】 東京藝術大学 油画技法材料研究室

 

 

「黄山北海・石笋峰」 佐藤一郎 作家所蔵 2010年

「黄山北海石笋峰」 作家蔵 2010年

同時開催

「見ること・描くこと―油画技法材料研究室とその周縁の作家たち」

【会期】 2014年1月6日(月)~19日(日)

【会場】 東京藝術大学大学美術館地下2階・陳列館・大学会館

【休館】 会期中無休

【料金】 無料

佐藤一郎教授が同大で教鞭をとってきた34年間にわたる油画技法材料研究室の修了生、現役学生、教職員を中心に、佐藤教授や研究室と関わりの深い作家197名による展示となる。

 

「朝食」 佐藤一郎 宮城県美術館所蔵 1984年

「朝食」 宮城県美術館蔵 1984年

「油画技法材料研究室小品展」

【会期】 2014年1月6日(月)~19日(日)

【会場】 藝大アートプラザ

【休館】 1月14日(火)

【料金】 無料

油画技法材料研究室の現職教員・学生を中心に、「見ること・描くこと」に取り組んだ成果を展示する。作品購入可。

 

 

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「新美術新聞」2014年1月1・11日合併号 《青春プレイバック》

 

東京藝術大学美術学部 絵画棟「安井曾太郎先生」胸像前にて(2013年12月2日) 撮影:山本百合恵

佐藤一郎教授(67) / 東京藝術大学美術学部 絵画棟「安井曾太郎先生」胸像前にて(2013年12月2日 撮影:山本百合恵 )

 

研究者、教育者、画家としての歩み

 

東京藝術大学美術学部絵画科油画技法・材料研究室にて永年、研究・指導をしてきた佐藤一郎教授が、3月末、定年を迎え退任する。1981年の講師時代から数えて34年、同大入学の66年まで遡ると約半世紀間の東京藝大との関わりである。

 

油画とは何か、油画制作の上での材料と技法の探究を行なってきた。歴史を遡行し、ルネサンス、バロック、フランドルなど、その時代になぜそういう絵画が成立し展開したのかを文献、材料、模写により考察した。さらに、同大大学美術館が所蔵する明治時代の油画優品、高橋由一から脂派、紫派、自画像も含めて、X線、紫外線、赤外線、X線蛍光分析などにより徹底的な調査研究を行なった。

 

「旧山田寺仏頭(東京藝術大学大学美術館にて)」鉛筆淡彩粗描 「国宝興福寺 仏頭展」 2013年11月18日、同展休館日に授業の一環として学生と共に制作。

「旧山田寺仏頭(東京藝術大学大学美術館にて)」鉛筆淡彩粗描
「国宝興福寺 仏頭展」2013年11月18日、同展休館日に授業の一環として学生と共に制作。

また、取手校開設、東京藝大大学美術館開館、先端芸術表現科新設をはじめ、同大が改革を進めた主な案件の中心の一人となって奔走した。そして産学協同の油絵具「油一」の開発、妙高市(新潟県)、みなかみ町(群馬県)など地方公共団体との連携活動、近年のアフガニスタン、バーミヤン仏教壁画、中国キジル仏教壁画の調査研究にもたずさわった。そして翻訳書『マックス・デルナー:絵画技術体系』をはじめ、『絵画技術全書』、『絵画技術入門』、『明治後期油画基礎資料集成』、『テンペラ画の実技』などを著し、この度、これまでの研究成果のダイジェスト版『絵画制作入門』(東京藝術大学出版会)を刊行する。

 

画家としては、多忙な学務をこなしながら個展を開催、企画展、グループ展に出品した。寡作ではあるが、大学での研究成果を投影し、堅実な独自の歩みを続けてきた。「これまで一貫しているのは、全て見て描いていること。そして油絵具、膠絵具、テンペラ絵具、金箔を貼ったり、いろんな材料を使って描いてきた。昔からものの見方は変わっていない」。

 

宮城県仙台市に育った佐藤の幼少のエピソードとして、小学3年時、担任の先生をクラス全員で描いて、一人だけ表情に陰影をつけて仕上げ、先生に褒められたことがある。その頃から絵を描くことが大好きで、自宅の印象派カレンダーを模写して遊び、「一郎ちゃんは絵が上手くて羨ましい」と周囲の誰からも認められる存在であった。小学校卒業の折、廃校となる校舎の記念文集を作るにあたり表紙絵を任されたほどである。

 

画家への夢は募るが、「炎の人ゴッホ」と呼ばれるように、「画家=狂人」という印象を持ち、自身からは遠い存在と考えていた。それが、高校時代に岸田劉生の著書『美の本体』や須田国太郎の『近代絵画とレアリスム』を読んで共感、「こういう生き方、考え方をする絵描きもいるんだということを知り、自分も画家としていくらかやっていけるかも知れない」と微かな自信を得た。

 

66年東京藝大油画専攻に合格。その秋、「アメリカ現代絵画展」(東京国立近代美術館)を見て、デ・クーニング、ゴーキー、リキテンシュタインなどの作品に圧倒され、多大な影響を受けた。全共闘運動が吹き荒れた時代だが、佐藤は授業を疎かにせず、山岳部の活動にも力を入れた。そして油画専攻を首席で卒業、大橋賞を受賞し、同大大学院も修め、73年国立ハンブルグ美術大学に留学した。渡独前にイタリア帰りの田口安男から「ドイツに行ったら北欧のテンペラ画を調べてほしい」と依頼された。そのことがテンペラ画、混合技法研究をはじめるきっかけとして、佐藤のその後の方向性を決める転機となったようだ。

 

今回の退任記念展では、幼少時からの画業の全貌、研究者、教育者としての多岐に亘る仕事が紹介される。「石膏デッサンはじめ、学生時代、ドイツ時代に私がどういう絵を描いてきたのか。現在の学生に見てもらいたい」。この春より制作に向かう時間が増えそうだと喜ぶ。画家としての集大成の作品を心待ちにしたい。

(文中敬称略、取材・文/窪田元彦)

 

 

略歴:1946年宮城県古川市生まれ。66年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻入学、脇田和教室。山岳部入部。70年同大首席卒業、卒業制作文部省買上げ(現在東京藝術大学蔵)。同大大学院修士課程入学。大橋賞受賞(宮城県美術館蔵)。71年初個展開催(スルガ台画廊・みゆき画廊)。72年同大大学院修士課程油画(中谷泰教室)修了。同大油画研究生となる。73年安井賞候補展出品。西ドイツ学術交流会(DAAD)留学生として国立ハンブルグ美術大学留学、ウィーン幻想リアリズムの巨匠ルドルフ・ハウズナー等に教わる(76年末帰国)。79年東京藝術大学博士課程油画入学。80年翻訳書『マックス・デルナー:絵画技術体系』刊行。81年同大大学院博士課程油画修了退学、常勤講師。第1回東京セントラル美術館油絵大賞展佳作賞。86年東京藝大助教授となる。99年同大教授(油画技法材料第一研究室担当、兼担:文化財保存学保存修復油画研究室)となる(~2014年3月)。

 


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