油井一二氏の実篤コレクションを読み解く
石井めぐみ(一般財団法人調布市武者小路実篤記念館学芸員)
先代の美術年鑑社社長であり、画商出身の油井一二氏は、多くの芸術家と交流を持たれたが、後に自伝に「武者小路先生とのお近づきを得る以前の私は、いわば心眼が開けていなかったのだと思う」と記すほど、武者小路実篤との出会いは重要なものであった。
例えば、商売で大きな失敗をした油井氏に、頼まれるともなく実篤が筆をとり、達磨の絵に添えた「…七を七十倍した程倒れても なほ汝は 起き上らねばならぬ」の言葉。また、迷わず画商として生きよとの暗示を与えられたように感じたという「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」。こうした画讃の数々は氏にとって大きな糧となった。
一方で油井氏は、半生をかけて蒐集した美術品を収蔵する美術館の設立も念願していた。機運が熟し、昭和58年、郷里に油井一二コレクションを母胎とした佐久市立近代美術館が開館する。
最初に寄贈された日本画280点のうち、実篤作品は43点と群を抜く。特徴として、実篤にしては珍しく絵絹に描かれていることや、大振りの軸物が多いことがまず指摘できる。さらに概観してみると、実篤70歳(昭和30年)から83歳(昭和43年)までの13年間にわたる作品が、1年ごとに数点ずつほぼ網羅されており、モチーフも花、野菜、静物と実篤がよく描いたものを万遍なく、まるで画業の一時期を切り取ったかのような非常に体系的なコレクションとなっている。
実篤の画業は40歳頃から亡くなる90歳まで続いており、独特の大らかな書画スタイルが確立されてくるのは70歳代以降、ピークは80歳代前半にあると考えられる。つまりコレクションは、実篤の画業の中核期をおさえていることになる。且つコレクションの中では制作年が最も遅い「向日葵」が唯一の額装作品であることに、油井氏なりのメッセージが込められているのではないか。戦後、住宅に和洋折衷様式が取り入れられるようになると、長い軸物の需要は減り、短い横物、表装も額装が好まれるようになっていったと氏は自伝で回想している。画商出身の油井氏ならではの着眼点によるコレクションの終止符の打ち方であったように思えてならない。
本展覧会では、油井氏と実篤の交流に焦点をあてながら、佐久市立近代美術館と美術年鑑社のご協力のもと、氏にとって思い入れの深い実篤作品をご紹介する。さらに当館所蔵の実篤作品と比較することで、油井コレクションの特徴を浮き彫りにする構成とした。
【会期】 4月26日(土)~6月8日(日)
【会場】 調布市武者小路実篤記念館 (東京都調布市若葉町1-8-30) ☎03-3326-0648
【休館】 月曜、5月7日、ただし5月5日、6日開館
【料金】 大人200円、小・中学生100円 *会期中展示替えあり (前期:5月18日まで、後期:5月20日から)
【関連リンク】 調布市武者小路実篤記念館 佐久市立近代美術館
2014年5月1・11日号(第1343号)1面より