命の尊さを静かに語る
髙島佐句子 (松伯美術館学芸員)
現在奈良平城(へいじょう)のアトリエ「唳禽荘(れいきんそう)」に千羽を越える鳥たちと生活する日本画家の上村淳之(1933〜)。「鳥を飼っている」のではなく「鳥たちに居てもらっている」と常に語る。幼い頃から頼まれもしないのに父親の日本画家上村松篁(1902〜2001)が京都の自宅庭で飼っている小鳥の世話をするのが楽しかったという。花鳥画家であった父を継いだのでなく、鳥好きが遺伝して自然に鳥を描くようになった。両親の猛反対を押し切って絵の道に進んだ淳之は大学在学中に京都の家を出て、現在の住居である「唳禽荘」に移り住む。ここは祖母である上村松園(1875〜1949)が最期を迎えた地で、松園亡き後、手を入れずに荒れていたが、淳之はここで好きな鳥を飼う為に禽舎を造り、餌になるものを育て、共に暮らしながらじっくり写生をして制作するという、誠に個性的な画家としての人生をスタートさせる。
鳥好きな知人から託された孔雀の繁殖に成功したり、松篁が描きたいという鳥を手に入れ写生が出来る環境を整えるという事もあって自然に種類や数が増えていった。その時々に家族となった鳥を題材に若き画家は西洋画の強い表現を取り入れつつ、花鳥画は東洋にのみ存在するという発見から日本画の本質を理解した上で、表現の模索を続ける。(「白孔雀」昭和39年(1964))。
画家に最も変化をもたらした鳥は鴫(しぎ)かもしれない。鴫は姿が美しいだけでなく、定めに柔順に従いリスクを承知しながら渡りを繰り返すという清らかな生き様を示す。鴫を描く為、大変困難な飼育、繁殖に取り組み、試行錯誤の末に成功させた。朝靄の中に佇む鳧(けり)や、天空を凛として渡って行く鴫の姿に自分が求める理想や憧れが重なった時、対象と一体になり現実から離れた虚の美的世界が現れたようである。この境地を得たあと、学生時代にその表現を様式や形式として決して教えず、自ら感得することを求めた教授である先輩画家たちに心から感謝する言葉を述べている。
多くの鳥たちに導かれるように画家の絵画世界は深まってゆく。病床にある父を想い描かれた「蓮池」(平成12年(2000))の鷺は鳥の姿をした仏であり、その空間は浄土のような祈りに満たされている。松篁が最晩年に、熱望しながら描くことが出来なかった白鷹は何度も取り組み、食物連鎖の頂点にある者に求められる叡智と威厳のある姿を格調高く描いている(「白鷹Ⅰ」平成17年 (2005))。また、同一画面に四季の移ろいを表現した「四季花鳥図」(平成22年(2010))では、日本の風土、日本人の感性によって培われてきた伝統的な装飾美も取り入れ楽土のような世界を示している。昨年、文化功労者の顕彰を受け、今春81歳を迎えた画家の日課は早朝禽舎を歩き回ること。
本展では、日々交わされる鳥たちとの会話から生まれた命の尊さを静かに語る初期から近作までをご覧頂き、これまでの画業にご理解を深めて頂くことを願っている。すべての生き物に神仏が宿り、人間もその中の一つに過ぎないという平等な世界観が、東洋にしか存在しない花鳥画の源になっている。現代の自然環境の悪化や生活様式の変化による花鳥画の衰退を憂い、松伯美術館では毎年ジャンルを花鳥画に限定し未来を託す若い作家の育成を目的とした公募展「花鳥画展」を開催している。今回併設展示として、京都松尾所在のアンティークマイセン磁器と淳之の日本画を所蔵展示する京都花鳥館が公募している奨学金制度の受賞作家の作品を展示する。松伯同様に若手を支援する京都花鳥館の取り組みをご紹介し、瑞々しい感性の日本画と陶芸をお楽しみいただきたいと思う。
【会期】 2014年5月20日(火)~8月3日(日)
【会場】 松伯美術館(奈良市登美ヶ丘2-1-4)
☎0742-41-6666
【休館】 月曜、ただし7月21日(月・祝)開館、7月22日(火)休館
【開館時間】 10:00~17:00 (入館は16:00まで)
【料金】 一般820円 小学生・中学生410円
【関連リンク】 松伯美術館
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「新美術新聞」2014年5月21日号(第1344号)1面より