持ち続けたみずみずしい好奇心
和南城愛理(町田市立国際版画美術館学芸員)
関野凖一郎(1914-88)は戦前から戦後にわたって活躍した版画家です。その生誕百年を記念して開催する今回の展覧会では、戦後の木版画を中心に160点の作品によって関野版画の展開をご紹介します。
関野の主要な主題は「人物」と「風景」です。このうち「人物」は、さらに「肖像」と「人物画」というふたつのタイプに分けることができます。「肖像」は著名人を写実的に描いた作品で、同系色を微妙に刷り重ねて立体感を出す顔の表現などに、師である恩地孝四郎の強い影響がうかがわれます。モデルは文学者や古典芸能者、版画家など著名人が中心で、人柄を表す道具立てを描き込むのが関野の特長となっています。
もう一方の「人物画」とは、人物を描いた実験的な色彩の強い作品を示します。家族や子どもをモデルに、写実にこだわらない、絵画表現の可能性が追求されています。「人物画」が登場する1950年代半ばは、日本が戦後からの復興を遂げ、高度成長期に入ろうとする時期で、関野は抽象を含めた新しい表現に挑戦していました。初期の「人物画」の大きな特長は、油彩と版画が同じ構図で制作されている点にあります。油彩は版画に較べると加筆や変更が容易で、関野は制作を通して構図や色彩を研究していたと考えられます。「人物画」には海外の美術に学んだ痕跡も見られます。例えば《私の黒い猫》の左側の女性の顔には黒人彫刻の反映を見ることも可能です。さまざまな試みを行ったのちに作り出された「人物画」は、個性が確立された関野の到達点のひとつと考えてよいでしょう。
「風景」は1958年のアメリカ滞在を契機に本格的に取り組むようになった主題です。欧米の風景、そして海外文化に触れたことで改めて見直した日本の風景を『東海道五十三次』『奥の細道版画柵』シリーズなどの作品でご紹介します。
また、木版とともに関野が情熱を注いだエッチングの貴重な作品を、戦前と戦後のものをあわせて展示します。
明るく華やかな色彩、多彩な主題と表現方法。みずみずしい好奇心を持ち続け、真摯に版画に取り組んだ関野。晩年まで尽きることのなかったその創作意欲には驚かされるばかりです。7月21日(月・祝)には、関野の次男で、長年にわたり制作助手をつとめた版画家の関野洋作氏によるトークイベントもございます。木版の刷りの実演をまじえた貴重なお話がうかがえることと思います。多才な版画家・関野凖一郎の多彩な作品をぜひご覧ください。
【会期】 6月21日(土)~8月3日(日)
【会場】 町田市立国際版画美術館 (東京都町田市原町田4-28-1) ☎042-726-2771
【休館】 月曜ただし7月21日(月・祝)は開館、翌22日(火)休館
【開館時間】 10:00~17:00 (土・日・祝日は17:30まで、入館はそれぞれ閉館30分前まで)
【料金】 一般600円 大学・高校生と65歳以上300円 中学生以下無料
【関連リンク】 町田市立国際版画美術館
「新美術新聞」2014年7月1日号(第1348号)1面より