少女は「完璧な美の象徴」
小林明子(東京都美術館学芸員)
バルテュス(本名バルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ、1908-2001)は、20世紀美術のいずれの流派にも属することなく、ヨーロッパの古典美術を継承しながら、独自の具象絵画の世界を築き上げた。このたび(※)東京都美術館で開催する「バルテュス展」は、日本では没後初めての回顧展となる。初期から晩年までの油彩画の代表作のほか、素描や画帖、また画家が愛用していた画材や日用品、書物などをあわせて紹介する。
1908年にパリに生まれたバルテュスは、詩人や芸術家に囲まれた環境に育ち、早くから画才を発揮する。美術学校には通わなかったが、ピエロ・デッラ・フランチェスカやプッサンら過去の巨匠の作品を手本として学び、絵画技術を磨いていった。
バルテュスの転機は、1934年にパリのピエール画廊で開催した初めての個展であった。そこには《キャシーの化粧》をはじめ、胸や性器の露わな女性を描いた作品が出品された。当時のバルテュスは経済的な困窮もあり、スキャンダルを引き起こすことを狙って挑発的な作品を発表したのであった。だが、彼が挑発的な意図をもって絵を描いたのは、ただこのときだけであった。何より少女を描く画家として知られるバルテュスにとって、少女は「完璧な美の象徴」であり、その関心は少女の「手つかずで、より純粋なフォルム」にあった。《夢見るテレーズ》には、少女から大人への過渡期にある美しい少女が描かれている。緻密に計算された構図のなかに、花開く前の一瞬の美が表現されているようだ。
バルテュスの作品には、少女とともに猫がたびたび登場する。11歳のときの物語画『ミツ』に描かれた猫との出会いに始まり、猫はバルテュスにとって特別な存在であり、彼はこれを自分の分身であると考えていた。《地中海の猫》は、パリのレストランに飾るために制作された色鮮やかな作品である。海からあがった魚が勢いよく舞い降りる先に、堂々たる猫=バルテュスが待ち構えている。出品作のなかに描かれたさまざまな猫を探すこともまた、本展の楽しみ方のひとつであろう。
本展ならではの見どころは、バルテュスの終の棲家となったスイスのロシニエールに残るアトリエの再現展示である。アトリエの北側には大きな窓があり、バルテュスはそこから気に入った光が入るのを根気よく待ちながら、ゆっくりと時間をかけてひとつの作品を仕上げたという。日本初公開の《読書するカティア》は、画家がアカデミー・ド・フランスの館長としてローマに住んでいた頃に描かれた作品であるが、カゼインとテンペラという独特の技法によって、室内に満ちあふれる柔らかい光が表現されている。
バルテュスは芸術家と名乗ることを嫌い、自分は職人であると言ってはばからなかった。ストイックに絵画制作に向き合った画家の筆づかいと創造の源をぜひこの機会にご覧いただきたい。
【会期】 7月5日(土)~9月7日(日)
【会場】 京都市美術館 (京都市左京区岡崎円勝寺町124 岡崎公園内) ☎075-771-4334
【休館】 月曜、7月21日(月・祝)は開館
【開館時間】 9:00~17:00 (入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1500円(1300円) 高校・大学生1000円(800円) 小・中学生500円(400円) ※()は前売り・団体
【関連リンク】 京都市美術館
※東京展(東京都美術館)は6月22日(日)で終了しました。