印象派を魅了した日本の美
鏡味千佳(名古屋ボストン美術館 学芸員)
現代において和食やマンガ、ゲーム、ファッションなどの日本文化が、世界中で愛されていることは周知の事実だろう。一方で、今から100年以上も前に、ヨーロッパを中心に巻き起こった「ジャポニスム」と呼ばれる日本ブームをご存知だろうか。19世紀半ば、鎖国を解いた日本からは大量の工芸品や浮世絵といった美術品が渡っていった。加えて当時、盛んに開催された万国博覧会がさらなる伝播の役割をになった。こうして日本の物珍しくエキゾチックな文物は、西洋人たちを瞬く間に魅了したのだった。
この初期「ジャポニスム」の代名詞ともいえる作品を、ボストン美術館は所蔵している。1876年、第2回印象派展に出品されたクロード・モネの《ラ・ジャポネーズ(着物をまとうカミーユ・モネ)》である。縦2メートル以上ある巨大なカンヴァスに、扇子を手にした金髪の西洋人女性が日本の打掛をまとい微笑んでいる。背景には団扇が散らされ、足元には日本らしさを演出すべく茣蓙(ござ)まで敷かれている。モデルは、モネの最初の妻カミーユ。彼女の髪はもともと褐色だが、あえて金髪のかつらをかぶせて描いたという。体をS字にねじらせて振り返るスタイルは、見返り美人をも連想させる。印象派を代表する画家モネは、浮世絵をこよなく愛し、ジヴェルニーの自宅の食堂に所せましと飾っていた。コレクションには清長、歌麿の美人画のほか、北斎、広重の風景画が特に充実していたようだ。
本作品を日本で紹介することは、当館にとって悲願の一つであった。作品の状態がデリケートであった本作は、ボストンから日本への輸送・展示を行うには長い時間をかけた修復が必要であった。本展開催に向けて、ボストン美術館では修復のプロジェクトが立ち上がり、修復師アイリーン・コネファル氏による修復作業が2013年2月から2014年4月まで行われた。コネファル氏は当館で開催の展覧会の展示や撤収に立ち会うためにこれまで数度来日しており、その折々に「修復調査の中で面白いことが分かった。赤色の絵具に澱粉が混ぜられていたため、亀裂や剥落がし易かったようだ」といった新しい情報を聞かせてくれた。作業を終えた作品は古いワニスを取り除き、本来の色を取り戻した。こうした準備期間を経て、ついに日本での紹介が叶い喜びもひとしおである。展覧会では、このジャポニスムを代表する本作をはじめ、油彩画、版画、素描、写真、工芸など幅広いジャンルから厳選された作品群と、画家にインスピレーションをあたえた日本の浮世絵や鐔(つば)、漆工芸などと合わせて148点を展示紹介する。ぜひ作品を間近で見て感じ、日本美術の魅力を再発見していただきたい。
All photographs©2015 Museum of Fine Arts,Boston
【会期】 2015年1月2日(金) (開催中)~5月10日(日)
【会場】 名古屋ボストン美術館(名古屋市中区金山町1-1-1) TEL052―684―0101
【休館】 月曜、祝日のとき翌日
【開館】 10:00~19:00(土・日・祝・休日は10:00~17:00、入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1300円 高大生900円 中学生以下無料
【関連リンク】 名古屋ボストン美術館
「新美術新聞」2015年1月1・11日号(第1364号)1面掲載