松本市美術館開館10周年記念展
草間彌生 永遠の永遠の永遠
芸術を武器に闘い続ける天才―
草間彌生の魂の軌跡が松本に
渋田見 彰(松本市美術館学芸員)
草間は1929年、松本の裕福な旧家に生まれる。家の周りには花畑、野菜畑がひろがっていた。そこに出かけてはスケッチを楽しむ少女だった。しかし、ある時、自分だけの感覚を自覚する。周りのものが水玉や網目に覆われて見える幻視や、動物や植物が人間の声で語りかけてくるといった幻聴。これらの幻覚は心の病であったが、幼い少女にそれを理解することは不可能だった。
日々襲い掛かる幻覚に飲み込まれそうになる。いつしか恐怖から逃れるために、そのイメージを紙に描きとめるようになったという。その行為が彼女を心の闇の奥底に陥ることから救った。いつ果てるとも知れない、幻覚との闘い。自らしか感じることができない苦しみ。周囲の助けは期待できなかった。いや、救いを外に求めなかったのであろう。人知れず彼女は自らに襲い掛かる幻覚と闘うことを強いられることとなる。
28歳で故郷と訣別し、自身と作品のみを信じてアメリカへと旅立った。モノクロームのネットペインティングに端を発し、彼女の個性は一気に輝きを増した。そして、その心の葛藤さえも味方にし、いつしか彼女は世界のクサマとなっていった。
半世紀以上前に故郷から世界に飛び立った草間彌生という個性。近年さらにその輝きを増している。
2004年、女性の横顔や目、植物など具体的なイメージが前面に押し出されたモノクロの『愛はとこしえ』シリーズが生み出される。それは、自身の葛藤から湧きあがる無限のイメージを凝縮した新領域だった。そして、最新作『わが永遠の魂』シリーズは、『愛はとこしえ』の衝撃冷めやらぬ2009年に制作が始められた。奔放なまでの色彩で表現された作品群は、草間が幼少期を過ごした花園を舞う妖精が紡ぎだした詩のような優しさに溢れている。
本展はこれまで、国立国際美術館、埼玉県立近代美術館を巡回し、多くの観客を魅了してきた。松本では、初公開となる『わが永遠の魂』の最新作17点、バルーン作品《ヤヨイちゃん》、《リンリン》、松本時代の初期作品、美術館のガラス面を作品とした《松本から未来へ》など35点を追加出品した、故郷ならではの多重的な展示構成で草間の原点と現在を紹介している。
草間彌生という稀有なこの才能は、天才と呼ぶに相応しい。しかし、その成果は決して容易に手に入れてきたものではない。少女時代、描くことすら禁じられていた。それでも小さな紙片に必死に描いた。それが当時の草間が表現しうる最大限だった。キャンバスを買うことすらままならなかった。永い闘いの末、あらゆる制約から解き放たれた草間の魂が唸りをあげている。先駆者であることを自らに課し続ける草間の魂の軌跡を故郷松本で体感してほしい。
【会期】 7月14日(土)~11月4日(日)
【会場】 松本市美術館(長野県松本市中央4-2-22) ☎0263-39-7400
【休館】月曜、祝日のとき翌日(8月中は無休)
【開館時間】 9:00~17:00(入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1000円 大学・高校生・70歳以上の松本市民600円 中学生以下無料
記念講演会「草間彌生の世界」
9月15日(土) 14:00~
【講師】 建畠晢(京都市立芸術大学学長、埼玉県立近代美術館館長)
【会場】 同館2階多目的ホール
【料金】 無料 ※ 定員100名、当日10:00より1階受付で整理券を配布。