スペイン・リアリズム絵画の異才 磯江毅 ―広島への遺言― 展
角田新(広島県立美術館 主任学芸員)
磯江毅(いそえつよし、1954-2007)の作品には他を圧倒する力がある。抽象表現や現代美術などに比べ、新しい試みの入る余地がない終わった表現のように見られてきたリアリズム絵画だが、実際には磯江がやって見せたように、そっくりに描くだけと思われてきた表現には、まだその先がある。リアリズムを追及するベテラン作家をも魅了する磯江の作品には、いったいどんな秘密があるのだろう。
こうした作風の画家には写真を活用する作家も少なくないが、磯江は参考にするためのメモ写真さえ殆ど使わなかった。磯江のように観る時間が長い画家だと、描き終わる前にモデルが傷んでしまうことも多い。たとえば葡萄を描いていると徐々にカビたり腐ったりする。すると、磯江はよく似た葡萄を買ってきて、傷んだ粒の代わりに、一番似た粒を選んで貼り付けたという。どんなに効率が悪くても、本物を見続け描き続けた。
では、いったい何がそうさせるのだろう。磯江は描くという行為の理想を「描く対象を徹底的に観察することで摂理と呼べるものを見つけ出し、できるだけ多くの摂理を画面の上に再現することだ」と語っている。それだけに物と空間との関係を一つ一つ丁寧に見極める必要がある。写真の力を借りてはできないことなのだ。
そしてもう一つ、磯江の作品に強い存在感を与えている要素と思われるのが、死に対する距離感だ。不変と思われる物でさえ、何時かは土に還る。磯江は描く対象の滅びる宿命を意識しながら、そこに自分自身の死すべき運命を重ね、心を添わせて描いたという。磯江は「バニ-タス」という言葉を名に持つ作品を何度か描いているが、そのことからも若い頃、プラド美術館で研究したフランドル派の画題、ヴァニタスに大きな影響を受けたことが解る。ヴァニタスという言葉は虚栄と訳されているが、どんな成功も、どんな贅沢も仮初めのこと。食べ物は腐り、人は土に還るものだと語りかける画題だ。磯江の作品には、ロザリオや髑髏など、ヴァニタス画の代表的なモチーフを描いた作品もあるが、そうでない作品からもヴァニタス画に共通する独特の気配が感じられる。磯江が敬愛した画家アントニオ・ロペス・ガルシアが「集中と沈黙、そして別の世界の何か」と呼ぶそれは、磯江のこのような独特の世界観と、ストイックとも言える制作態度が有ってこその結実だったのだ。
写真では伝えきれないその魅力を、ぜひ直接見て感じてもらいたい。
【会期】 2015年3月25日(水)~5月24日(日)
【会場】 広島県立美術館(広島市中区上幟町2―22) TEL 082―221―6246
【休館】 会期中無休
【開館】 9:00~17:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
【料金】 一般1200円 高・大学生900円 小・中学生600円
【関連リンク】 広島県立美術館
■講演会「磯江毅―スペイン・リアリズムを超えて―」
【日時】 2015年4月11日(土) 13:30~15:00
【講師】 木下亮(昭和女子大学大学院生活機構研究科教授)
【会場】 広島県立美術館地下講堂
【料金】 無料 、先着200名